3 アジアのインターネット市場 主な国別動向
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[ 4章 ]
[ 目次 ]
前章までの記述と一部重複するところもあるが、アジアのインターネット市場動向について各国別にまとめてみた。
3-1 マレーシア
3-1-1 独占から複占へ
マレーシアの商用インターネットの提供は世界的にみてもかなり早期に開始され、ダイヤルアップだけでいえば1990年には始められ、専用線による本格的な国際接続が開始されたのが1991年であった。研究ネットワークが商用化されたJARINGがインターネット・プロバイダーの第一号で、1990年から96年までの6年間、独占を続けてきた。そして、96年11月にドミナントキャリアであるテレコムマレーシア(TM)が政府から事業免許を受け、TMNetを開始し、複占体制へと変化した。
しかし、先行したJARINGはMIMOS(マレーシア電子スシステム研究所)という国の機関が第7次国家計画により総額400万リンギットという国家からの補助金を得て運用し、これに挑戦するはずの新規参入企業がテレコムマレーシアという、やはり元国営の、独占体質のきわめて強い電話会社であるという構造的な問題点があり、健全なインターネットの発展を阻害してきたとの指摘がある。
マレーシアでのインターネットユーザーは加入者ベースで40万人、政府は2002年までに百万人に達するものと見込んでいる。ただし、東南アジアの多くの国に見られる現象だが、一つのアカウントを家族や友人など複数の人間で共有することがごく普通に行なわれているため、実際にインターネットを利用している人数は契約加入者数の少なくみても2倍から3倍はいると言われ、すでに100万人が利用していることになる。
そうであれば、総人口が2000万人であるから、人口比で5%がインターネットを利用しているということになる。日本でも、人口比で5%を突破したのは97年前後とみられるから、経済水準を考慮すれば相当の高率ということができる。この背景には、マハティール首相に率いられた政府が「MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)」を提唱し、情報技術・産業の振興を国家による経済発展施策の柱として位置付け、インターネットに対しても積極的な普及振興策を推進してきたことが大きな要因といえる。
産業界も、経済が好況であった時代には、ITの導入が競って行なわれ、インターネットに対しても、主要企業、官庁などが次々にホームページをもち、積極利用を行なってきた。一般の企業人、官僚などの間で、インターネットを利用することは普通に行なわれており、電子メールによる連絡、新聞などのホームページ情報の利用など、日常的な業務への利用という意味では、日本以上に普及が進んでいるという感覚さえある。ただし、これは首都KL、そして北のペナンと南のジョホールという、経済が発展し所得が高い大都市圏中心の現象であり、広大なマレーシアの農村・森林地帯など、所得も低く、いまだに都市化が進んでいない地域とは大きなギャップがある。
しかも、JARING、TMNetとも、事業・組織面でいえば「インターネット専業」企業によるサービスではない。JARINGは半導体からコンピューターシステムの研究開発までを守備範囲とする研究所MIMOSの一部門で、専任の経営者、経営体制が整っているわけではなく、社員は全部門の合計で約300名、インターネット部門に限れば技術者と営業を含めてもわずか50名程度という規模であり、これで数十万の加入者を相手に全国的な運用とサービス体制を充実させることはきわめて困難である。したがって、営業的には再販売契約を結んで、外部の企業との提携体制を推進してきた。
TMNetは、本体は電話会社で企業規模は大きいが、これまでインターネットは所詮「副業」で、本流である電話や従来型の通信事業からみれば「傍系」と見られてきた。また、当初TMNetは、外部の技術コンサルタント会社がTMと提携し、ついでインターネットを運用するために新規に設立されたTMの子会社、ネットワーク・コネクション社が運用にあたってきたが、親会社との間に経営上の対立が生まれ、一年もしない97年10月、同社はTMNetの運用から完全に手を引くに至り、TMNetの運営体制にも打撃を与えた。
同時に、TMNetを統括する部門も、当初は、TM内部でマルチメディアなどの新規事業に取り組むNewCoという事業部門の管轄とされていたが、その後、運用は企業向け専用通信サービスであるCOINS部門が担当し、全体の経営戦略・判断は電話部門本体が担当し、マーケティングをNewCoが見るという方向に変更された。
このことが即マイナスと判断するのは早計かもしれないが、少なくと外から観察している限り、技術トラブルが頻発し、新規サービス(ローミング、ウェブハウジングなど)への取組みの遅さなどの点からいって、経営体制として、インターネットに専任で取り組める体制ができているとは到底言えない。
日本でも、古くはキャプテンやパソコン通信で見られた問題だが、新しいネットワーク・ビジネスにおいては、急激な技術革新、サービス革新の連続展開による激しい競争と、それに伴う事業戦略の柔軟な策定・修正、大胆な投資、人員の急激な採用・養成といった、まさに「ベンチャー型」の経営を本質的に要求されるのに対して、経営者が「出向」であったり、あるいは「一事業部門」の長に過ぎない場合、本腰で経営に取り組むことができず、結果として出遅れてしまうことは不可避といえる。
3-1-2 さらなる規制緩和
こうしてマレーシアのインターネット利用者の間には、複占を続ける両社に対して品質、技術、サポート、価格面での不満がくすぶっていた。
こうした事態を背景に、マレーシアのインターネット市場は長く続いてきた独占および複占という状態が変化する兆しをみせている。しかし、経済情勢はなかなか好転をみせず、新規参入するだけの資本的余裕がある企業は少ない。98年2月、政府はようやく重い腰をあげ、あらたにインターネット接続サービスの門戸を開放し、競争を拡大する決定を行なった。ただし、あくまでTM以外の電話事業者に限定して認可するという姿勢であり、全面自由化にはほど遠い。
これを受けて6月には、事業申請を行なったビナリアン、セルコム、ムティアラテレコム、タイムテレコム、プリズマネットの通信会社5社に対して、インターネットのプロバイダーとしての事業認可が与えられた。
なお、この認可にあたって、レオ・モギーエネルギー・通信・郵政大臣は各プロバイダーに対して、マレーシア国内のインターネットの発展のために、国際インターネットエクスチェンジを設立すべきであると呼びかけた。同氏は、「プロバイダー5社の事業開始にあたり、インターネット・サービス・ネットワークの成長を確保するために、テレコム・マレーシアを通じて、テレコミュニケーション規制相談所を設置すべきである。我々は、企業の多額な設備投資費については大変敏感に感じており、インターネットサービスプロバイダーは、企業連合を形成し、設備投資負担を共有することが望ましい」と述べている。
この背景にはマレーシアの市場規模を考えれば、プロバイダー7社体制は過当競争になるとの懸念があるからと考えられる。事実、新規に免許を受けた5社は、携帯電話市場での過剰投資によって収益性の伸び悩みが目立ち、経営不振を背景に買収説が続いており、セルコム1社を除いては、プロバイダーの免許は獲得したものの自前で事業をする可能性はきわめて低く、JARINGを運営するMIMOSあるいは、TMNETを運用するテレコムマレーシアとの提携を図る可能性が高いと見られている。この郵政相の発言は、政府も提携を認めるとの「指導」を行なっていることの裏付けといえる。
なお、実際に98年内に新規サービスを開始したところは一社もなく、わずかにBTの資本参加を受けたビナリアンのみが、99年前半にサービスを開始すると伝えられている。
なお、マレーシアでは、これまでのエネルギー・通信・郵政省が、98年11月にエネルギー・マルチメディア・通信省と改組され、同時に通信と放送における規制は、99年4月に新たに独立委員会を発足させるという、規制体制の変更が進行している。
3-1-3 ボトムアップの組織化も始まる兆し
現在、個人ユーザーおよびインターネット関連の企業有志によって、マレーシアにおける「インターネット協会」の設立への準備活動が進められている。従来、トップダウンでのインターネット普及の色彩が強く、ボトムアップでのユーザー・コミュニティの活動が薄かったマレーシアに、ようやく利用者側からの本格的な活動が顕在化し始めたといえる。
学校教育などでも、インターネットの利用は積極的に推進されており、今後、MSCの動向だけではなく、全国的なIT普及の流れのなかで、インターネットの潮流はさらに強まるだろう。
3-2 タイ
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3-2-1 利用者55万、プロバイダーは10社が営業
タイは、東南アジア諸国のなかでは、インターネットの普及が順調に進展してきた国の一つと言われている。事実、インターネット協会(ISOC)の会員数も、日本についでアジアでは二番目である。利用者数も、98年3月時点での推定で55万人、人口比では約1%になろうとしている。
とくに教育におけるインターネット利用の推進に力点がおかれ、主要大学には早くから回線が引かれ、インターネットの普及の原動力となってきた。
民間プロバイダーは98年までに17社が認可されているが、99年1月時点で実際のサービスを提供していることが確認できたのは、うち10社だった。タイの特徴としては、プロバイダー認可を得るにあたって、必ずCAT(タイ通信公社・主に国際通信)に株の一部を無償譲渡し、CATとの合弁事業という形態にしなければならないという規制があげられる。
経済危機が起こるまでは順調に市場拡大が続いてきたが、97年以来、市場の伸びは鈍化し、プロバイダーの大半は経営不振に見舞われている。そのなかで、政府・大学系の研究ネットとしてスタートし、国家電子コンピュータ技術センター(NECTEC)が出資する形で民営化されて商用プロバイダーとなった最大手のインターネット・タイランドは順調な経営を続けている。一方、アサンプション大学というカトリック系大学のキャンパスネットから発展したベンチャー系のKSCは、ユーザー規模ではインターネット・タイランドとほぼ互角と称して積極的な経営を行なってきたが、最近は経営が厳しくなってきて、売却説も取りざたされている。この2社を除く事業者はすべて赤字経営となっているという。経営不振で事業権を返却する事業者も出ており、さらに3社が近く事業を中止するといわれている。
3-2-2 黒字は1社、通信公団(CAT)自身の参入には批判も強い
こうしたなか、98年秋、アジア大会を控えて国営通信公団のCATは自らCAT NETとしてプロバイダー事業に着手すると発表し、国内ISPの事業を圧迫すると反発を招いた。自らインターネットの事業認可権を持ち、無償で株の割当を受けるという強い権限をもっているCATは、12月に開催されるアジア競技会のサービスとして公衆インターネット・サービス『CATNET』を導入するというのだ。全国のCAT通信センターで安くインターネットが利用できるため、民間のプロバイダー(ISP)の事業を圧迫し、経営不振に追い打ちをかけるとしてISP各社からは批判の声が出ている。さらにCATは海外とのインターネット電話サービスについても、一般のISPには認可条件を盾にその提供を禁じる一方、自らは独占提供に踏み切り、ISPから強い反発を受けているという。
現在タイで唯一黒字を上げているプロバイダーが、もともとは政府系であったインターネット・タイランドである。同社は97年10月に国家電子コンピュータ技術センター(NECTEC)下から分離して民間企業として事業を開始したもので、98年9月までの1年間で純益1600万バーツ(1バーツ約4円)を記録し、順調な業績を示している。
同社はタイ国内に19のアクセスポイントを持ち、これは全人口の4割のエリアをカバーすることになる。そして99年第2四半期にはアクセスポイントを38県にまで拡張し、全人口の6割以上をカバーするエリアに対応できる体制にする。今後は、顧客サービスの向上と国内インターネット産業の活性化を目的として、インターネット関連の通信インフラの改善に重点を置いた投資計画を進めていく考えで、まず98年内に国際リンクの容量を現在の8メガから10メガへと増強し、99年中 12メガ以上へと強化する予定だ。
さらに、日本のプロバイダー、ASAHIネットと独占契約を結び、日本国内のアクセスポイントからの接続を可能にする「ダイレクト・ローミング・サービス」を提供開始している。これによって、インターネット・タイランドの国際ローミング・サービスの既存ユーザーは日本からのアクセスが低料金で可能となった。今後は他国のインターネット業者とも同様のサービスを始める予定という。
さらに、98年末には新サービス「アイネット-アクセス」の導入に伴い、個人ユーザー向けの接続料を約20%引き下げた。新サービスはアクセス時間により異なる料金体系を用意し、接続料は従来の1時間当たり45バーツから同35バーツに下げるなど、積極的な攻勢をかけている。タイのISPの接続料金は、通常40〜50バーツ/時であることから、低料金を提供する同サービスは、他社にとっては脅威となる。
一方、大手通信事業者サマート傘下のプロバイダー、サマート・インフォネットは株の49%を外資企業へ売却すると伝えられた。CATの承認が受けられれば、米国企業に売却するものと見られている。ただし、これによってCATの持ち株比率(33%)が影響を受けることはない。CATは、外資の参入によって財務基盤が強化され、株価も上昇するのであれば承認するだろうと見られている。なお、サマート本体はこの売却後には、サマート・インフォネットへの出資比率が18%となる。売却先については、関係者の間では、米国のインターネット大手で、MCI・ワールドコム系列のUUNETではないかとの見方が強いが、UUNET側からの発表はまだない。この他にも、海外企業への売却が伝えられるプロバイダーは最低でも数社はあるようだ。
タイのプロバイダーはいわゆる財閥系の企業グループの資本をバックに、インターネットブームに乗って安易に利益が出ると考えて事業を始めた経営者も多いといわれている。それだけに、政府系の通信公団に無償で株を譲渡しないと事業認可が得られず、しかももとは政府系のインターネット・タイランドが大学などの市場を抑えて着実に成長を続けている状況のなかでは、公平な市場での競争ができる可能性はあまりなく、好条件での買収話があればそれに乗ろうと考えるのは無理もない。
3-2-3 電子商取引などで利用活性化
こうしてプロバイダーにとっては厳しい経営環境であるが、経済危機のなかでインターネットに新しい活路を見いだそうという動きも、電子商取引分野を中心に活発にみられる。
たとえば商務省は、インターネット経由で宝石取引を促進させることで輸出増を狙うプロジェクトを開始している。これは、国内の宝石・装飾品販売業者に呼びかけ、海外の顧客に対してインターネット経由の宝石販売するというものだ。これによって、販売業者と海外顧客との間の通信の効率を上げ、コスト削減を実現し、年間目標額の達成を目指すという。政府主導によるインターネット経由の商品売買は、タイでも初めてだという。同省は今後、家具、革製品、既製服などの人気商品を、順次インターネット経由で輸出振興する方針だ。、主要輸出品目の第9位に食い込んでいる。今年の輸出目標は総額680億バーツ。
さらに、国立科学技術開発機関(NSTDA)は、8月に『サイバー・テクノマート展示会』を開催す、R&D、製造業、サービス業、サイバーブックストアーなど4分野のデモンストレーションを行った。これによって中小企業の広告や広報活動目的でのインターネット利用の促進を狙ったという。
一方、インターネット経由での電子商取引の本格的な展開のためには、法体系の整備が必要となるが、タイの中央銀行(BOT)は、電子商取引の促進を狙い、利用者の番号登録制導入を含む電子商取引管理法案を提案し、インターネット上の支払い管理システムの改善を図ることを検討しているという。タイではこれまでクレジットカードによる支払い等に関する保護法が確立されていないため、オンライン注文は可能だが、支払いは依然として銀行の支店などで行われるなど、完全な形での電子商取引は行われていないのが実情だ。
それでも、市場では先行してサービスの提供に踏み切るところが出ている。サイアム商業銀行(SCB)は、タイで最初のクレジットカードによる支払いサービスの導入に向けて準備を進めている。SCBは、利用者が限られている国内よりも、海外の電子商取引市場を視野に入れ、銀行業務でのインターネット利用を促進し、国内コンピュータ・ソフトウェア会社の海外進出も援助していく考えだ。
ISPも、電子商取引への準備にかかっている。総合商社ロクスレー傘下の大手プロバイダーであるロクスインフォは、国内の電子商取引サービスを強化し、競合他社との差別化を図る計画だ。99年から国内企業向けの電子商取引サービスを開始する予定で、サイアム商業銀行(SCB)、ビザ・インターナショナル、マスターカードと共同で電子決済システムの開発を進めている。
最初に開始されるサービスは、中小企業対象のバーチャルショップ、「ロクスインフォズ・ショッピング・モールで、利用者は同ホームページ上に自社ショップを開設、または自社専用のホームページを開設できる(http://www.shoppingthailand.co.th)」。すでにホームページを開設している企業には、電子決済サービスだけを提供する。なおこのモールには、IBM製のソフトとして定評のある「ネットコマース」が利用されている。
3-3 シンガポール
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3-3-1 15%とアジア一の普及度
シンガポールは、1998年3月現在で、すでに人口の15%以上が何らかの形でインターネットを利用しているものと推定され、人口比でいえば、アジアでもトップレベルの普及度の座を維持している。
しかも、インターネットの利用はなお増加を続けている。一般の商品やサービスの普及動向においては、一定値(クリティカルマス)を越えた段階で普及に弾みがつき、飽和値とみられる60〜70%に達するまでは、加速度的な増加傾向を示すことがしばしば見られるが、インターネットにおいても、おそらく人口の10%前後という値がそのクリティカルマスと推定できる。シンガポールは、98年にまさにその10%を突破したのである。
同国の電気通信庁(TAS)の発表によれば、ダイヤルアップのユーザーの契約数で、98年1月に276,600だったのが、12月には384,700に達し、年間純増数が10万を越え、増加率では39%という効率をみせた。これに企業や大学、政府などのLANユーザーを推定15万人程度加えれば、ユーザーはすでに50万人台を越え、人口の20%も目前といえる。
3-3-2 市場構造、おおきく変化へ
こうした利用の急激な増加にともなって、シンガポールにおけるインターネット市場はおおきな構造変化を迎えつつある。まず、政府が大幅な規制緩和に踏み切った。98年10月、これまで3社による寡占体制が保持されてきたプロバイダー(シンガポールではInternet Access Service Providerと呼ばれる)市場が、条件つきとはいえ、全面自由化されるとTASが発表した。
シンガポールのプロバイダー市場は95年までシンガポール・テレコム系のシングネットが独占し、続いて、国家科学技術庁が運営していた研究教育用のネットであるテックネットが民営化されたパシフィック・インターネットが認可された。さらに、3番目のプロバイダーとして、数社による競争入札の末、サイバーウェイの参入が認められ、95年に3社に対して同じに5年間のライセンスが与えられた。
TASではこの自由化について、「われわれは(シングネットの独占が終わって)3年間の競争について評価した結果、まだ市場には成長と発展の余地があると判断し、競争によってさらに市場の活性化と、シンガポール全体の知識社会化を大きく促進させることが目的だ」と発表している。
新しい認可条件とは、最低限の品質保証を行ない、認可費として45万Sドル、さらに毎年売上の1%(最低1万Sドル)を納付するというものである。その他、シンガポールの国際ハブとしての機能を発展させることに協力することが義務付けられ、そのために別途保証金として100万Sドルを要求される。認可期間は5年、以後3年毎に更新できる。また、外資に対しては、出資比率が49%以下に制限される。
もっとも、規制緩和されたからすぐに新規参入が続出するとは限らない。市場には飽和感もあり、認可費用と保証金が高額であり、国内の民間企業の参入意欲はそれほど高いとはいえないようだ。そのなかで、移動体電話の事業者であるモバイルワン(M1)社が新規参入に名乗りを上げた。同社はすでに「M1 eMail」という、携帯電話からインターネットの電子メールの送受信が可能となるサービスを提供開始しており、その延長での参入とみられる。同社は、フルIP方式による音声サービスも導入するものと予測され、GSM方式の携帯電話の加入者が、オフィス内からインターネット経由で携帯電話を利用でき、通話料が大幅に引き下げられる可能性がある。
今回の規制緩和の真の狙いは、外資系事業者の参入を積極的に推進するところにあるとの見方もできる。すでに、米国の商用インターネットのパイオニアで世界でも最大手のプロバイダーであるUUNet社の幹部が、98年に同国を訪問し、アジア市場に積極展開する意向を表明している。同社は、シンガポールそのものの市場規模は小さいものの、アジア全体のハブとして重要な戦略拠点であるという認識をもち、とくに自社の顧客である多国籍企業が、アジアにおいても同社による一貫したサービスの提供を求め、シンガポールへの進出を歓迎するとみている。まさにグローバル・ネットワークへの需要である。
現時点ではまだ事業化調査、提携戦略などの検討を行なっているものとみられるが、99年前半にも結論を下し、現地に運営会社を設立して高速インターネット接続事業を本格展開するか、あるいは当初は無人の中継ハブを設置するにとどめるか、どちらかの決定を行なうものとみられる。シンガポールにおいて事業免許を取得する可能性も強いが、その場合には、51%を出資する現地パートナーを見つける必要がある。
一方、AOLとの「スワップ」の結果ワールドコム傘下となった米国のコンピュサーブ社(CNS)も、インターネットの規制緩和が発表される以前の98年8月に、シンガポールに拠点を設立して事業を開始すると発表している。これによって、同社は日本、香港、シドニーと並んで、シンガポールにアジア・太平洋地域の4番目のハブを設置することになる。
シンガポールでは、まず多国籍企業、大企業を対象に、ネットワーク統合サービス、リモート・アクセス・ソリューション、ISDNサービスなどを提供する。また、99年以降はタイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンへもサービスを拡大する予定だ。同社のダン・ウィリアムズ取締役は、この発表にあたって、「インターネット、イントラネット、エクストラネットや仮想私設網(VPN)技術を統合し、顧客にリスクを負わせず、グローバル・データ通信環境を提供できることが当社の最大の強みだ」と語っているという。今回の規制緩和を受けて、同社もプロバイダー・ビジネスに参入する可能性は高い。ただし、同じワールドコム傘下グループということで、UUNetとの戦略分担、あるいは共同進出の可能性も大きい。
さらに、マイクロソフト社も、シンガポールにはアジア全体をカバーする地域本社の設置に踏み切ると同時に、同社のネットワーク・サービスであるMSNを展開することを考えていると伝えられている。MSNが進出するのであれば、同社をライバル視するアメリカ・オンライン(AOL)も対抗上進出する可能性は高いだろう。
さらに、IPネット系の新興勢力も、アジアでは、シンガポールを日本と並ぶ重点市場だと見る見方が強い。前述したように、QWEST社が2000年にはシンガポールにも拠点を設置すると表明しているし、AT&TとBTの新合弁会社をはじめ、多国籍企業をターゲットとする上で、シンガポール市場の重要性はさらに増大するだろう。
3-3-3 外資に対抗する既存勢力
こうして外資系、とくに米国企業の新規参入の流れが強くみられるが、シンガポール資本の既存のプロバイダー側も、対抗上新規戦略を打ち出し、競争の激化に拍車をかけている。
シンガポールのプロバイダー第一号として、当初は独占を続けていたシンガポール・テレコムによるシングネットは、インターネットの接続通話料の大幅値下を99年1月から実施すると発表した。これはシングネットの加入者に対しては、インターネット利用時の市内(国内)電話料金を無料にするなどの措置によって、ダイヤルアップ回線の加入者は最高で月額50%、専用回線ユーザーは30%の値下げとなる。シングネット側は、経済情勢が悪化するの中で加入者のコスト負担を減らすためのものと説明しているが、競争激化に先手を打ったものと見るべきだろう。
シングネットでは、ダイヤル回線接続の場合、利用時間に応じた従量制の「ノン・トールフリー」と、利用料に通話料が含まれる定額制の「トールフリー」が選択できる。「ノン・トールフリー」加入者は、このうちの通話料部分が免除され、月間利用料(9.50〜84.95Sドル)だけで済む。「トールフリー」加入者も同一の料金体系に統合される。通話料部分の無料期間は1年間に限定されているが、状況によってさらに1年間延長する可能性もあるという。
専用回線のSingNet HiWay Biz Lease Line ServiceとSingNet One-Netの既存加入者に対しては、2年間にわたり月額利用料を30%割引し、新規加入者に対しては、当初の3カ月間の利用料を無料にするほか、1年後から30%割引を適用するという。これらの割引措置により、同社の加入者は合計して4千万Sドルのインターネット使用料を節減できることになるという。ただし同社ではこの割引措置は一時的なものであると強調し、「値下げ戦争を起こすつもりはない」と発表したが、競合するパシフィック・インターネットとサイバーウェイの両社が対抗措置をとるのは必至だ。
シンガポールで二番手のプロバイダーであるパシフィック・インターネット(PI)社は98年11月24日、米店頭市場(NASDAQ)への上場に先駆けて同社の株式を公開すると発表した。公開される250万株のうち新株は210万株、残りはグループ会社で現在パシフィック株の約75%を保有するセンブコープ・ベンチャーズ(SCV)とテレビジョン・コープ・オブ・シンガポールの子会社SIMベンチャーズが持つ40万株を充当するという。これにより、PIは3250万〜3750万米ドル(5300万〜6100万Sドル)、約40億円を調達できることになる。センブコープ・インダストリーズ(SCI)の子会社であるPIはまた、米証券取引委員会(SEC)に株式公開に向けての申請を行ったと発表している1株当たりの価格は13〜15米ドル(21.2〜24.4Sドル)が予定されている。
PIはシンガポール以外でも、香港の第一号商用プロバイダーだったスーパーネットを買収したほか、フィリピンでインターネット接続サービス事業を行ない、さらにアジア域内の商用バックボーンの確立をめざしてIIJが提唱したアジア・インターネット・ホールディングにも出資するなど、アジア地域でこれまで積極的な海外展開を図ってきている。
シンガポールでの加入者は個人、法人を合わせて約17万人、業績も98年上期には売上高で3310万Sドル、純利益は580万Sドルを計上したと発表されている。ただし97年は通年で約540万Sドルの赤字だった。
一方、シンガポール第三位のプロバイダーであるサイバーウェイは、98年12月に、2000年から自由化される固定回線と携帯電話事業への参入が認められた新電話会社スターハブによって買収された。これによって、スターハブはマルチメディアと通信サービスを一体化した総合情報通信事業という戦略を展開する。
サイバーウェイの買収は、同社の持株会社のシンガポール・プレス・ホールディングス・マルチメディアとシンガポール・テクノロジーズ・テレコミュニケーションズによる指名入札方式で行われた。スターハブのほか、シンガポール・テレコム(シングテル)、AT&T、モバイルワン(M1)なども入札に参加した中で、スターハブが3千万〜4千万Sドルと最高の入札価格を提示したと伝えられる。
スターハブは、この買収について、「総合情報通信会社を目指す当社の事業計画に合致し、通信サービスとマルチメディアを一体化した総合情報通信を顧客に提供できるようになる。」と発表している。同社は以前から「これからの通信事業の展開にはインターネット事業への進出は不可欠だ」という認識を明らかにし、インターネット事業者買収の可能性を示唆していた。関係者の間では、新規参入ではなく、既存プロバイダーを傘下に収めることができたことで、スターハブは、独自の営業開始に先立って知名度を高めるものとみられている。サイバーウェイは会員数では先行2社におおきく水を開けられているため、顧客ベース上のメリットはさほど高くはないとみられる。
こうして、シンガポールのインターネット市場は、当初の独占から3社による寡占を経て、市場による自由競争へと移行しようとしている。もっとも、他の事業と同様に、シンガポールでは、政府による市場への管理・指導の傾向がきわめて強く、欧米市場にみられるような全面的な自由競争というよりは、あくまで管理された競争(マネージド・コンペティション)という色彩を強くもつものになることは間違いない。
ただし、シンガポールが段階的にではあれ自由化へ踏み切ったことは、他の東南アジア諸国に対しても一定の影響を与えるものとみられる。隣国のマレーシアは、シンガポールに先行して2社による複占体制から、他の通信事業者にも認可を与えると発表しているが、外資系などを含め、さらに自由化が進む可能性は高い。そこで、アジア市場全体の動向を決するような競争が起きることも十分考えられる。
3-4 インドネシア
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3-4-1 人口の割に普及は遅い
インドネシアのインターネットの普及は、東南アジア諸国のなかでは、人口比、GNP比からみても、相対的に遅れている。歴史的には、80年代後半から、研究者中心にインターネット接続が実現されてきたが、商用ネットは首都ジャカルタなど一部地域に限定され、広大な国土を十分カバーするには至っていない。
98年3月現在、インドネシアにおけるインターネットのユーザー数は約6万人と推定されている。「ビジネス・インドネシア」紙(1997年7月)によると、そのうちの70%をジャカルタ市民が占めているという(90%という説もある)。ただし、後述する業界団体のAPJIIによれば、ユーザー数は推定32万人だという。これは企業や大学などの大口顧客の個人ユーザーをすべて数えた数字だという。それにしても、相当の乖離があるといえる。現地に訪問したISPの経営者やバンドン大学のインターネット関係者らは、せいぜい6万人位と低めの数字をあげた。
ところで、これは、とくに経済水準の低い発展途上国にいえる傾向だが、インターネットのユーザー数というときに、一つのアカウント(ID)を家族や友人など、複数の人間が共有して利用することが多い。電子メールはともかく、ワールドワイド・ウェブの利用にはそれでも何ら支障がない、というのだ。電子メールも、最近ではホットメールなど、プロバイダーとは別の形態で無料サービスが広く利用できるため、ますますアカウントの共有が費用節約に便利となってきた。
したがって、6万という数字は、おそらく加入契約者数に近いと思われ、実数ではその3から5倍、すなわち20〜30万人とみてもそう遠くないのかもしれない。なお、女性ユーザーの比率は1997年8月現在で10%と推定されている。
3-4-2 厳しいプロバイダーの経営環境
インドネシアの郵電省(DEPARPOSTEL)は、98年1月までに、42社のインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)を認可している。実際にはこの内、31社がサービスを提供しているとみられる。

42社という数は、各プロバイダーのWWWサイトのサービス・料金表、APJII(ISP協会)の資料、NTTジャカルタ支店の資料、オンノ(Onno)氏による資料「インドネシアISPのプロフィール」(97年7月10日)などから推定した数である。
1996年にはわずか10社を数えるばかりであったプロバイダーが、96年から97年にかけて急増したことにより、各プロバイダー間の競争は激化した。97年からの経済危機が深刻化するまでは、タイと同様に、インドネシアの各プロバイダーとも、回線の高速化、地方へのサービス拡大に意欲的であった。しかし独自に回線拡大に乗り出せるだけの資本力に欠けるプロバイダーが多く、ジャカルタ、スラバヤ等の大都市にサービスが集中する傾向が強い。そして、昨今の経済危機、政情不安のなかで、事業継続でさえ困難なプロバイダーが多数出ている見られる。まさにサバイバルが問われているのである。
インドネシアでは、インターネットのプロバイダー事業を開始するためには、政府による認可を得るだけでなく、少なからぬ金額を有力者に別途提供する必要があることが公然の秘密として語られていた。これは、商用プロバイダーに限らず、大学が運用するネットワークにさえも適用されるという。このあたりは、いかにもインドネシアの国情が反映されている。スハルト退陣で成立した新体制のなかで、どこまでこうした問題がクリーンになるか注目されるが、一挙に変革されるという可能性はそう高くはないだろう。
3-4-3 インターネット・サービスプロバイダー協会(APJII)
インドネシア・インターネット・サービスプロバイダー協会(APJII=Asosiasi Penyelenggara Jasa Internet Indonesia /Indonesia Internet Service Provider Assosiation)は、1996年5月に発足したインターネットのプロバイダーによる事業者団体で、加入しているISPは40社を数え、ほぼすべてのプロバイダーを網羅している。
APJIIの役員には、副大統領を筆頭に、郵電省、文部省、産業省の大臣と、政府系の電話会社であるインドサット、サテルインド、テレコム・インドネシア等の幹部役員がが名誉職的に名を連ねている。
特別メンバーには、学界から、インドネシアにおけるインターネットのパイオニアが名を連ね、インドネシア大学コンピューター科学研究所所属でトップレベル・ドメインの管理者であったラマット・サミク・イブラヒム(Rahmat M. Samik - Ibrahim)氏や、同じくインドネシア大学やカナダのマニトバ大学で教鞭をとり、現在IDNICの管理を担当しているバンドン工科大学のブディ・ラハルジョ(Budi Rahardjo)氏らの研究者が含まれている。
しかし、実際の活動は、一部のプロバイダーの経営者の意向を中心に動いている模様である。同時に、専務理事のテディ・プルワディ氏の強烈な個性も特徴的である。後述するが、テディ氏を中心に、このAPJIIが、IDNICの管轄をめぐってイブラヒム氏、ブディ氏らと激しく対立してきたのである。テディ氏に対しては、インターネットを利用して個人的な野望を満たそうとしているという批判が出されている。
APJII自体の活動目的としては、インターネットの利用料金基準の確立、IDNICの確立、インターネット接続(IX)の確立、通信(専用線)料金の(値下げ)交渉などがあげられ、いずれも政府へのロビー活動を中心として展開されている。このうち、利用料金基準、専用線料金については、いずれも郵電省からの通達を出させることに成功している。残るIDNICおよびIXについては、まだ自らが望むような形での成果の獲得には至っていないが、強力なロビー活動を続けている。
AJPIIは、IDNICの管轄をめぐって、インドネシア大学、バンドン工科大学らによる現在の運用体制を厳しく批判し、自分たちこそが正統なNICの運用ができると主張している。しかし、国際的なインターネット・コミュニティとの関係が薄いためか、いまのところ、IANA、APNICとも、APJIIを認めるには至っていない。少なくとも主要当事者すべての合意が必要であるというのが、IANA、APNICの基本方針である。
ヌサンタラ-21については、政府部内で郵電省が独走しようとして他省庁から反発を受けたことを指摘した。また、IBMがテレコムと提携して別途「テレマティカ」という、マルチメディア・ネットワークの構想をもっているという。
3-4-4 インドサット
国際通信を主体の事業とするインドサット社は、1996年4月からインターネット接続サービスを開始し、個人向けのダイヤルアップ・サービスと専用線サービスを提供している。個人ユーザーは11,000人、専用線はわずか30ユーザーである。これまでは口コミが中心で、積極的なマーケティングはほとんどしてこなかったという。しかし、98年からは積極的にマーケティングを行ない、個人ユーザー市場のシェア20%を目指す計画である。
とくに、国際通信が主たる事業であるところから、今後は他のISPに対して、国際回線のゲートウェイ機能を提供するという戦略優位を武器にする考えである。米国とはMCI(5M)、グローバルワン(2M)と、合計7Mで、日本とはKDDと128kの回線で接続している。
また、マイクロソフトと提携してコンテンツ提供事業にも乗り出す予定でもある。インドサットによれば、インドネシアのインターネット市場は、まだ個人ユーザーが主体で、企業側の認識は遅れているという。もっともとくに国際回線ではFAXから電子メールへの切り替えが進み、これに対抗するためにインターネットFAXの提供も考えているという。また国際ローミングでもすでに30カ国以上のローミングを可能としている。
3-4-5 RADNET
インドネシアの独立系(非電話系)のISPでもっとも評価が高いのがRADNETである。同社はインドネシアでは先発のISPに属し、技術力に定評があり、企業ユーザーに強い。
もともと研究ネットワークに関与していた創業者が、1994年、インターネットの商用化の可能性を見て、インドネシア政府にインターネット事業を認可するように働きかけたのだが、郵電省のパラパック次官がその必要性を認めるのに8カ月かかったという。それでも認可を得ることができ、財閥系ではない国内中小独立資本を中心に会社を設立したという。
RADNETは個人ユーザーが1万人で、全体の40%のシェアを占めているという。もっとも、それが正しいとすると、個人ユーザーが全体で2万5千しかないということになる。一方法人ユーザーは1000社、ただし専用線ユーザーはそのうちの10%だという。これで、市場の70%という高いシェアを誇っている。
同社は全インドネシアの市場のうちの80%はジャカルタに集中していると認識している。したがってアクセスノードも、ジャカルタ、スラバヤ、バンドンの3都市にしか置いていない。
RADNETは、インドネシアにおけるインターネットの成長に対して、様々な阻害要因が働いているととらえている。まず、パソコンと電話の普及率の低いことが大きな障害だという。次に、政府の政策に一貫性がないことも問題で、とくにISPの認可を当初は主として中堅・独立企業に与えていたのが、最近になって電話会社をはじめ大規模な財閥系企業に与えるようになり、それだけ独立系には厳しい状況になったという。その上で、政府による一律の料金規制が自由競争を妨げるという。
市内電話も専用線も事実上テレコムの独占が続き、インターネット事業を自由に拡大する上で大きな障害になっているという。インターネット電話についての規制をあげ、仮に電話事業も自由に展開できるのであれば、自分たちは必ず競争に勝てると彼らは断言している。
また、郵電省が中心になって推進しようとしているヌサンタラ-21については、インターネットについてほとんど触れられていないことを指摘し、その成功を疑問視している。大企業中心でのインフラ構築という基本的な方向性に対しても批判的である。
3-4-6 政治・経済危機の影響
インドネシアの商用インターネットの世界は、まだ初期の揺籃期にあり、混乱の様相も強く、政府、大企業、産業界などがようやくその可能性を認知し始めた段階といえるだろう。インドネシア特有の状況としては、他の産業と同様に、政治の介入によって、利権構造を確立する方向に動きつつあること、そしてその主導権争いが、ヌサンタラ-21やテレマティカといったビジョン主導型のプロジェクト構想を表に掲げることで一層拍車がかかっている。
今後、大手の電話会社が、資本力と政治力をバックに、独立系の先発プロバイダーを脅かし、シェアを高め、インターネット市場の主導権を確立することはすことは十分考えられる。
ただし、経済危機の影響で、国内資本のみで新たな投資を継続することは容易ではないことは明らかであり、外国資本との提携・合併などの可能性も高まっている。また、98年4月には、中小プロバイダーは、通貨下落によって高騰してしまった国際通信料金のコスト増の対策として、インターネットの相互接続ポイント(IX)を共同で設置し、国際回線を共同利用する動きが出てきたという。現在、13のプロバイダーがIXに参加しているという。
3-5 中国
[ 1節 ]
[ 2節 ]
[ 3節 ]
[ 4節 ]
[ 5節 ]
[ 4章 ]
[ 目次 ]
3-5-1 学術研究から商用利用推進への転換
中国は産業経済の発展のために情報化の推進は不可欠と認識し、その中核としてインターネットの普及を政策課題として明確に位置付けている。とくに96年以降は、国際接続を4大ネットワークに限定する政策を明確化し、国家にょる管理をしやすくする一方で、商用利用を含むインターネットの本格的な推進が始まったといえる。
他の大半の国と同様に、当初は学術研究ネットワークが先行した。1986年、科学院(科学アカデミー)傘下の高エネルギー研究所が東ドイツのカールスルーエ大学との間を結んだのが、国際ネットワークの第一号と言われている。1988年には、国家プロジェクトとしてCANET(Chinese Research Network)が開始され、89年までに主要地方都市の大学、研究機関を結ぶネットワークに発展した。
1991年には、世界銀行からの資金によって、北京の科学院(科学アカデミー)が、北京大学、清華大学との間に敷設した、地域ネットワークと米国のNSFネットとを接続するプロジェクトが実施され、現在の中国のインターネットの国内バックボーンであるNCFC(National Computing and Networking Facility of China)が誕生した。
その後94年には、全世界的なインターネットブーム、GIIなどの動向の影響を受け、政府は国家的な教育・科学研究用の本格的なネットワークの構築に着手することを決定した。これが、CERNet(China Education and Research Network)である。CERNetは3カ年計画で全国の主要100大学をすべてインターネットに接続するとの目標を立て、97年3月までに、ほぼその目標は達成されたという。
3-5-2 商用ネットの発展
中国におけるインターネットの商用接続は、郵電部の主導によるCHINA NET、電子部の主導によるChina GB Netの二大勢力にょって競争的に進められてきた。なお、これに学術系のCERNetおよびCSTNetの2つを合わせて、中国4大ネットが相互接続を行ない、それぞれを所管する郵電部、電子部、科学院、国家教育委員会によって、インターネットの基本政策の調整委員会が構成され、総合的な政策を調整・推進するという構造になっている。なお、長い間熾烈な対立を続けてきた郵電部と電子部は、98年に実施された国家的な行政組織改革の際に、「信息部」という形で統合された。韓国でも同様の組織統合がすでに行なわれており、OECD加盟国をはじめとする世界の主要国のなかで、通信とコンピューター、郵政と通産という機能が行政的に分離されたままなのは、もはや日本くらいしか残っていない。余談になるが、情報通信関連の国際会議で、日本だけが、政府代表として二つの省庁から別々の大臣が出席・発言するのはなぜだと、外国からは不思議に思われているという。
中国における商用プロバイダー免許は、政府による許可制となっている。建国以来独占が続けられてきた通信事業も、競争が導入され始めているが、インターネットについては95年に郵電部が、条件付きで開放すると決定、95年から96年にかけて政府関連の企業15社が事業許可を受けたと公表されている。
96年2月には国務院命令という形で、インターネットの基本政策が発表され、前述の郵電部、電子部、科学院、国家教育委員会がいわゆる「第一次接続機関」と認定され、国際接続を行なえることになり、それ以外の事業者は、国際接続を実現するためには、すべてこの4者のネットワークのいずれかと接続しなければならないことになった。
その後、郵電部の許可を受けた企業は急増し、現在までに200〜300社が許可を受け、さらに数百社が許可待ちという状況だというこれらの事業者は資金、技術など様々な面での制約から事業立ち上げにはかなりの困難に直面してきたものの、北京、上海などの大都市を拠点として、続々とプロバイダー事業を開始し、競争が始まっている。
中国のインターネットの利用者数については、正確な統計資料は存在していないが、98年前半で推計80〜90万人程度といわれている。現時点でようやく100万人に達したかという程度であり、12億という人口からいえば1%に満たない普及率である。
しかし、大学などの教育機関でのインターネットは積極的に推進され、大都市のインターネット・カフェが繁盛しているなど、普及の勢いは加速されている。パソコンが年間200万台前後販売されているという状況からみても、今後インターネットが急激に普及していくことは間違いないといえる。
現に、99年前半には、電子商取引をテーマとした国際会議が上海で開催されることが予定されているほか、北京でもインターネット関連の会議・展示会が予定されるなど、活発な動きが展開されつつある。