4 アジアにおけるインターネットの規制状況
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4-1インターネットの規制の是非
これまでアジア諸国では、情報の海外からの流入に対して政治的な観点から制限を加えてきた国が多い。社会主義国はもとより、マレーシア、シンガポール、インドネシアなど、政治体制上の理由に加えて、民族、宗教上の理由から、敏感に反応してきたといえる。
インターネットは、従来の新聞あるいは放送などとは異なり、個人が直接、瞬間的に、しかも安価に海外の情報源に直接アクセスが可能になり、さらに自前の情報発信も可能なメディアであるために、政府当局からはその利用の制限、規制の必要性の是非が議論され、実際にも導入に慎重な国が少なくなかった。
しかし、21世紀社会にあって、経済、科学技術、文化などの発展に対し情報技術が重要な役割を果たすという認識は、もはやだれも否定できないものとして受け入れられ、インターネットもその導入を図ること自体はほとんど疑問の余地のないこととなり、残る課題は、いかにして既存の社会のもつ文化・価値観との調和を図るかということに点に絞られてきた。
一般にはインターネットへの規制の強弱はその国の社会体制・文化の開放度、政治上の自由度とほぼ比例する。言論の自由を重視する欧米諸国のメディアには、アジア各国のインターネット規制には批判的な論調が強い。しかし、アジアはそれぞれ民族・歴史・文化・宗教上固有の特性をもつきわめて多様な国・地域の集合であって、西欧の単一の普遍的な価値観で統合することは非現実的だ。
「インターネットは西欧からの文化的な侵略だ」という声も極論とはいえない。
幼児ポルノについては、日本は禁止する法律がない点で世界でも例外的な国だが、西欧は厳罰で臨む。ヘアヌードが掲載された週刊誌が一般に売られるのは日本ぐらいだ。イスラム社会では女性の水着写真も認めない。しかし、インターネットはこうした文化的差異をいとも簡単に越えてしまい、本来は新しくグローバルに共通の文化・価値基準の確立が求められるのだが、おそらくそれには相当の年月が必要で、それまで混乱は続くだろう。
4-2 各国の規制状況の概要
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インターネットの規制は、大別2種類ある。一つはインターネットの接続サービスそのものの事業認可で、通信事業の一種とみなして規制の対象とする国が多い。限られた事業者にしかサービス提供を認めていない国も多い。もう一つは情報内容に対する規制で、ポルノ、反体制運動など、国の政策上好ましくない情報、「有害情報」の流通を禁止ないし制限しようというもので、放送あるいは言論・出版に対する規制・検閲に近い。
別表は、この二種類の規制の程度について、アジア各国の状況を一覧にまとめたものだ。ただし、規制の程度は相対的なもので、とくに厳密な根拠があるわけではない。


4-2-1 シンガポール
シンガポール政府は情報内容への規制には熱心で、1996年には世界で初めてインターネットの情報規制を実施する法律を施行した。とくにポルノがもっとも厳しい対象となり、政府当局が監視して有害と認定した発信サイト一覧を指定し、接続事業者にそれを自主的に排除することを義務付けた。しかし、この強硬策に対しては国際社会から非難が集中し、投資家のイメージダウンとなったことで、一年後にはかなり規制を緩和せざるをえなくなった。ただし、政治、人種、宗教に関連する情報発信をする場合にはあらかじめ当局への登録が必要で、発信内容については常に政府の監視対象となっていることには変わりない。98年には「ファミリープラン」といって、ポルノを見ることができない利用法も自主的に選択できるようになったが、利用率はまだ低いようだ。
4-2-2 マレーシア
マレーシアはイスラム国だが、インターネットへの規制は緩かった。96年2月、マルチメディア政策の推進を発表するマハティール首相は、あえて「インターネットは検閲しない」と明言し、大きな話題となった。海外投資を呼び込むための作戦、シンガポールへの対抗戦術とも見られている。その後も公式にはインターネットの検閲はしないという表面は一貫して維持され、MSCの「ビル・オブ・ギャランティ」でも正式の項目として保証されている。しかし、実際には、社会・政治状況の変動のなかで、インターネットについても利用の規制の必要が政府部内、あるいは有力政治家から頻繁に指摘されていることも事実である。
1997年の12月、マハティール首相の提案によって、IT(情報技術)とインターネットの戦略とビジョンを検討・実施する「GITIC(政府IT・インターネット委員会)」の設立が報道された。これは、IT政策の策定と、民間分野でのインターネットの利用を監視するというもので、通産省傘下のマレーシア行政近代化企画局(MAMPU)が設立準備にあたると伝えられている。しかし、この委員会のその後具体的な活動内容については報道されていない。
一方、98年8月には、インターネットを起点に、「クアラルンプール市内でインドネシア人不法滞在者が暴動を準備している」とのデマが広がり、商店に買出客が殺到し、パニック状態が発生するという事件が起き、直後に電子メールで噂を流した4名が逮捕・起訴された。実際には彼らは発信源ではなく、たまたま回ってきた出所不明の情報を職場内に転送したことがデマのきっかけとなったと、責任を問われて逮捕されのだ。これに対して、利用者側からはプライバシー侵害だとして警察の捜査に協力したプロバイダーに批判が集中した。
さらに98年9月には、当時のアンワル副首相がマハティール首相に突如解任され、警察に逮捕されるという事件が起きたが、アンワル陣営側はすぐに「真実」を訴えるホームページを開設、インターネットが反政府運動の強力な武器となった。大半の新聞が政府系の内容に偏るなか、真実を知りたい一般国民から、これらのホームページへのアクセスが殺到した。新聞社側も、量的に紙面では伝えられない詳細な情報を自社のホームページに掲載し、紙面にはそのURLを記すという形で、インターネットを積極利用している。
事態を憂慮した政府は、首相の指示で、警察当局にインターネット上に流される反政府情報の「監視」を開始した。まだ直接検挙された事例はないが、反政府側に目に見えない圧力となっていることは間違いない。この他、98年末には、当局によってサイバーカフェの利用者を登録制にすることが義務付けられ、関係者からは批判の声も上がっている。
4-2-3 中国
中国政府は、科学技術と産業の振興のためにインターネットを推進する情報政策を進める一方、「有害情報」の規制を試み、96年9月、 ポルノや反中国・反体制的情報(台湾、香港、チベット関連など)を発信する海外100カ所のサイトを閲覧禁止に指定した。しかし、この規制は事実上まったく無視されているという。部分的には当局の取り締まりも報道されているが、全体としては利用推進の動きが規制の動きを大きく上回っているとみてよい。
なお、中国政府は、この規制政策を打ち出すに先だって、シンガポールに調査団を送り、その方法についてアドバイスを受けている。最近シンガポールが規制緩和を打ち出したことから、中国も同じような流れに移行しているとみて不思議はない。
4-2-4 その他の国
フィリピン、タイなどは、政治改革・自由化の進展と軌を一にして、インターネットでの情報発信も自由に行われ、規制の動きもない。インド、モンゴルなど、開放経済に転換した国も同様である。インドネシアでは、反スハルノ運動のときに、反体制運動陣営がインターネットを活用したが、当局はほとんど取り締まれなかった。さらにスハルト退陣の最終段階では、学生と国軍との間の「対話」に電子メールが利用されたとも伝えられている。
韓国は、「反共法」との関連で、北朝鮮側に近い情報は強制的に「削除」されるという。最近も北朝鮮側を賛美する内容のホームページ情報を作成・発信していた学生が逮捕されている。
北朝鮮とミャンマーは、表面的にはインターネットも徹底的に排除する姿勢を変えていない。ただし、北朝鮮は、ひそかに西側からの情報を入手するためにインターネット接続を行ないたいという意向もあるといわれ、またミャンマーでも、政府が最近になって情報技術の導入を本格的に検討しているという情報がある。
同じ社会主義国でも、ベトナムやカンボジア、ラオスなどは、産業経済の振興に情報技術の導入は不可欠で、規制しつつも利用は推進するという認識に立ち、インターネットの商用利用を推進する政策に転換している。ブータンも外国からの情報には「鎖国」姿勢が強かったが、99年5月に、国王のリーダーシップのもとにインターネットのプロバイダーが開業し、政策転換が始まったとみられる。