3 シンガポールONEの政治的背景

  ―MSCとシンガポールONE


[ 1節 ]  [
2節 ]  [ 3節 ]  [ 4章 ]  [ 目次 ]



1)マレーシア/MSCへの強い対抗意識


すでに見てきたように、シンガポールONEは、マレーシア政府が1996年はじめに提唱した「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)」への強い対抗意識が随所に見られ、政治的色彩がきわめて強いプロジェクトである。

それを物語るように、実際にはすでに97年2月からテストユーザーが募集され、具体的な実験は進行していたのだが、6月のアジア・テレコムというITU主催の国際的なイベントの場で、ゴー・チョク・トン首相によってあらためて正式にプロジェクト開始が宣言されたのだった。また、最近では、独立記念日に前後して、シンガポールONEに参加する「ブエナビスタ・コミュニティ・クラブ」の発足式が行なわれ、今度はリー・クアンユー上級相までが登場してスピーチを行なうなど、政府首脳の意気込みが伝わってくる。

これまでIT2000では、リー・クアンユー上級相やゴー・チョク・トン首相ら政府最高指導者がプロジェクトの推進のために公の場に直接登場することは、当初の開始セレモニーのときを除いてはまったくなかった。それだけ、シンガポールONEは、マハティール首相自らが精力的に国際キャンペーンを行なって注目を浴びているマレーシアのMSCを意識し、危機感、あるいは政治的な思い入れも強いのだろう。

両国の関係者の間では、シンガポールONEとMSCは、しばしば対比される。一般に両国の競争意識には顕著なものがあり、相手への批判も、公式には避けるものの、非公式にはしばしば耳にする。これらの背景には、両国の歴史的、社会的な関係が存在していることは忘れてはならない。華人主体のシンガポールがマレー人主体のマレーシア連邦から分離独立し、結果としては経済面で圧倒的に成功を収めたこと、最近もリー・クアンユー上級相がシンガポールの対岸にあるジョホール市の犯罪率がシンガポールより高いと批判してマレーシアの強い反発を買い、ともかく謝罪したこと、あるいは、シンガポールの成長率が低下すると再びマレーシアとの合併がありえると、リー・クアンユー上級相が自国民に警告したことなど、両国はしばし緊張関係に直面する。MSCとシンガポールONEも、そうした流れのなかで、国家の威信あるいは面子を賭けたプロジェクトとならざるをえない側面をもつ。

しかし、同時に、両国は経済面を中心に相互依存度が高く、互いに協力し合わなければ成り立たない構造にあることも、双方否定できないのだ。たとえばシンガポールは食料生産の自給率はきわめて低く、周辺国からの輸入に依存せざるをえない。エネルギーも同様である。飲料水でさえ、一部はジョホール側からの供給に頼っている。一方マレーシア側も、人材・知識が不足しており、専門・技術職などの各種のサービスの供給はシンガポールから受ける必要がある。相手国への輸出という面では双方が重要な市場である。

そこで、誤解を恐れずに言えば、両者は政治的にはともかく、経済面では東京と大阪、関東と関西という位の間隔であって、競争もあれば協調もあると捉えた方が実態に近いといえるだろう。シンガポールに居住して商売を行なうマレーシア国籍の華人も少なくない。逆にマレーシアに進出している華人資本企業も、情報技術分野を含めて相当の規模になっている。

MSCが発展すれば、シンガポールにとっても情報技術関連の製品とサービスの一大市場が開発されることになるのであり、感情論はともかく商売としてはMSCはシンガポールにも大きなプラスになる側面があることは重要である。



2)両国の相互批判点


[ 1節 ]  [ 2節 ]  [ 3節 ]  [ 4章 ]  [ 目次 ]



MSCに対するシンガポール側の典型的な反応は、「MSCは絵に描いた餅に過ぎない。マレーシアは社会全体の経済水準がまだまだ低く、実際にはインフラもまったく整備されていないし、情報関連の人材もいないではないか。そのなかで、ごく一部の地区だけを指定しても、大した成果は上がらない。それに対して、われわれは、光ファイバーなどのインフラ整備も進み、コンピューター利用も普及しているし、国中の本格的な情報化を進めているのだ。」というものだ。

一方、マレーシア側の反応は、「シンガポールは、経済水準全般をはじめ、インフラの整備や情報産業の発達などの面で、マレーシアよりはるかに先を行っていることは率直に認めよう。しかし、シンガポールは人口わずか300万人で、国全体の総面積もMSCより狭い小国だ。MSCは当初こそ地区限定で進めるが、だからこそ『サイバー法』などの社会実験を大胆に進められ、2020年までには全国に拡大する長期ビジョンだ。」という。事実、MSCは当初は南北40kmと公表されていたのが、96年8月のMSC推進イベントである「マルチメディア・アジア96」の際に、マハティール首相がスピーチのなかで南北50kmとした経緯がある。実はそうすることによって、MSC地区だけでも、シンガポールの国全体の面積を越えてしまうからだった。

それぞれ、自国の優位を誇りたいという点では理解できない心情ではないが、第三者から見れば行きすぎと見えることも多い。



3)シンガポールONEとMSCの比較


[ 1節 ]  [ 2節 ]  [ 3節 ]  [ 4章 ]  [ 目次 ]



両者は、新しい情報技術の積極的な導入を通して社会生活のあり方を大きく変え、それを通して21世紀の情報社会に促した国家・社会を構築しようという目的と、両国政府の最高指導者が積極的にかかわる国家プロジェクトであると政治的な性格においては、互いに合い通じる質をもっているといえる。しかし、プロジェクトの内容、組み立て、実現時期など、実質面では両者は相当次元が異なっており、単純な比較はあまり意味をなさないといえる。この点を十分踏まえた上で、項目を定めて客観的な比較を試みることには一定の意味があるだろう。以下はその試みである。


【表 MSCとシンガポールONEの比較】
 MSCシンガポールONE
実現時期1999 - 2020年1998 - 1999年
プロジェクトの性格総合都市開発/産業構造転換
マルチメディア利用推進
情報通信産業誘致・育成
通信インフラ整備
アプリケーション開発
情報通信産業誘致・育成
物理インフラ
( 交通網・土地等 )
未整備
( 97年着工、99年から供用 )
大半は整備済み
通信インフラ幹線未整備
幹線容量:2.4 - 10Gを予定
エンド・ツー・エンド:未定
ローカル:
ファイバーループに?
幹線は整備済み
エンド・ツー・エンド:155 / 622M
ローカル:
FTTC + ADSL + CABLE
国内情報技術産業未発達成熟へ
海外企業強力に宣伝・誘致
( 未立地企業がほとんど )
積極的に働きかけ
( 既進出企業も多い )
人材
( 技術者・知識労働者 )
大幅不足、未開発供給はあるが、絶対数不足?
プラニング/アドバイザー国際パネル( 大前研一、
ビル・ゲイツ、公文俊平... )起用
NTT + MIMOS 他も加わる
国内のみ
推進大勢/担当部局首相府 + MDC
( マルチメディア開発公社/新設 )
政府既存5組織
( TAS, NCB, SBA, EDB, NSTB )
アプローチトップダウン
( マハティール首相の強い指導力 )
テクノクラート主導
( ミドルのコンセンサス + ボトムアップ )
インターネットの位置づけマルチメディア中心?
検閲はしない
インターネット重視に方針転換?
( ATM ネットへの意欲も強い )
検閲はする( ただし緩和へ )

・実現時期

まず、時間軸において、両者は相当異なるターゲット設定がされていることに留意すべきだろう。シンガポールONEは、2000年以前がターゲットで、MSCが具体化する前になんとしても成果を出そうという狙いだとも言われている。したがって、現時点で採用可能な技術を積極的に導入しようと急ぎ、光ファイバーや同軸ケーブルなど物理的なインフラも、大半は既存のものを利用し、これにATM交換機を追加設置することで、1998年の年頭には広帯域ネットワークの商用提供を開始し、1999年には本格展開を実現するというシナリオだ。この時期設定の早さは、シンガポールONEの基本性格を大きく左右する。

一方MSCは、実際の姿が形になって現れるのは1999年以降であり、現在はそのための都市計画、土地開発・造成に着手した段階で、物理的なインフラ構築という点では、これから実施計画を詰め、工事にかかろうというところだ。通信インフラも、幹線は2.4G〜10Gと発表されているが、これは「容量」であって、エンド・ツー・エンドの提供速度ではない。ローカル・ループも含め、技術的な細部を決定するのは、まだ早すぎるといえる。完成期限も2020年と、長期にわたる遠大な構想で、最終的にはマレーシア全土を「知識社会」化しようというものだ。


・プロジェクトの性格

プロジェクトの性格も相当異なる。マレーシアでは、もともと過密化する首都クアラルンプールの都市機能の拡大/分散をめざした都市計画が進められていた。すなわち、首都の南45kmの地点に4000m級滑走路4本を擁する新空港を建設し、都心との中間点に連邦政府の行政機関の大半を移転させた新行政都市(プトラジャヤ)を建設し、それらを新しい高速道路や鉄道を敷設して結ぶ一大総合都市開発計画が進行していたのである。

MSC計画が発表される以前の93年から95年にかけて、これらの都市計画に付加価値を与え、進出企業誘致を推進するためのプランづくりが進められ、海外からもアイディアを求めていた。(筆者も95年1月にマレーシアを訪問し、アンワール副首相など政府関係者との会合でインターネットについて発表した経験がある)。当時マレーシア政府は、2020年には先進国入りするという「ビジョン2020」の実現方法の検討過程にあり、21世紀の経済発展の中軸が「情報産業」を軸とした社会全体の情報化にあると想定し、そのための具体的なシナリオづくりが進められていたのである。その結果、「マルチメディア」をキーワードにすることで、土地開発計画の付加価値を高めることを選択し、登場したのがMSCなのだった。

シンガポールは、国土の面積が淡路島と同程度(647.5平方km)しかない狭い都市国家で、土地開発面では完全に飽和している。インフラ整備の面でも、通信幹線の光ファイバー敷設はほぼ終了したとされる他、道路交通、鉄道などの建設もマレーシアとは比較にならないほど進んでいる。それだけに、経済成長面でも「飽和感」が強く、新たな発展の方向性を打ち出すことが強く求められているといえる。


・参加主体の構成・人材

プロジェクトの構築・参加主体の構成という点でも、両者は大きく異なる。シンガポールでは情報技術関連産業はすでに相当程度の発達をみせ、主要な外国企業のプレゼンスが高いと同時に国内企業も成長著しく、すでに成熟段階に達しつつあり、それだけ人材の集積も進み、国際競争力も高い。シンガポールONEにおいても、これらの企業の力が十分に発揮されることが期待されている。ただし、海外企業の誘致については、マレーシアとの競争を意識してか、さらに積極手段に出ている。

一方マレーシアでは、情報技術関連の産業は、少なくとも現時点ではまだ発展途上といえる。まさにそれだからこそ、MSCを通して国際企業の立地を図り、産業振興、人材の育成を図ろうという戦略が存在している。同時に、人口が2000万人とシンガポールの6倍以上の数ではあるが、経済水準ではシンガポールにはるかに及ばないため、市場規模としては、マレーシア単独ではそれほど魅力の高い市場とはいえない。MSCでも「相互の発展」を高く掲げ、タイ、インドネシア、ベトナムなどの隣国も含めたASEAN市場全体のなかでのマレーシアの戦略的な位置を強調している。

人材の集積という点でも、両者は大きく異なる。シンガポールは教育水準も高く、人口に比べれば知識労働者の比率はきわめて高い。一方マレーシアは高等教育の普及度が低く、大学卒業者は、現在でも年間数万人、すなわち人口の1%にも満たない。ただし、シンガポールでは中堅技術者よりもハイエンドのマネージャー志向の人材が多く、層の厚さという点では問題があるとも言われる。


・プロジェクトのアプローチ

政府の推進体制も、両国は対照的である。マレーシアでは、マハティール手法のトップダウンの色彩が相当強い。一方シンガポールONEでは、政府の上層部より、中堅のテクノクラートの主導プロジェクトで、彼らは「ボトムアップ」だと言っている。具体的には、IT2000はNCBがほぼ単独で推進してきたのに対して、シンガポールONEは、5部局合同のプロジェクトとなった。これは大きな変化といえるだろう。ただし、シンガポールONE全体の主導権はTAS(電気通信庁)にあるとみられる。これにNCBが加わって基本構造をつくり、SBA(放送庁)がコンテンツ開発を担当している。さらに、EDB(経済開発庁)が加わって海外企業誘致策の推進を担当し、NSTB(科学技術庁)が研究開発予算を投入するという構図である。省庁間の「縄張り争い」は日本ほど顕著ではないが、存在していないわけではない。

マレーシアでは、MSCの推進部局として96年秋にMDCが新設された。MDCがすべての行政的な認可の窓口役となるのだが、税制では大蔵省が、企業誘致では通産省が、という形で、それぞれの許認可の権限は各省庁がもつことには変わりない。しかしプロジェクト全体の推進総体としては、マハティール首相の指導力が圧倒的に強い。なお、最近MDCが省に昇格するという噂も聞くが、確認はされていない。


・国際的関係

海外との関係の持ち方も異なる。シンガポールでは、IT2000もシンガポールONEも、基本計画はすべてシンガポール政府が、国内の人材のみで進めてきた。IT2000の当初構想段階でNTTが若干の協力をした事実はあるものの、全体としては海外の知恵はほとんど借りていない。シンガポール政府の担当者たちは、自分たちの人材・知識・能力に強い自信をもっており、企画内容の面では、外国からの参加・支援の必要性はまったく感じていないようである。

ただし、シンガポールも、最近ではあらためて外国有力企業の誘致の重要性を意識しているようで、EDBを中心に資金提供を含めた積極策を講じ始めており、ここにもMSCの影響が現れていると見て間違いないだろう。

一方マレーシアは、最初から一貫して海外からの協力・支援を期待する姿勢が強い。事実MSCでも早期の段階から大前研一氏およびマッキンゼー社の関与が深い。マレーシア政府では、企画段階で、大前氏以外にも複数の海外コンサルタントから企画提案を受け、慎重に検討した結果、「マルチメディア・スーパーコリドール」を提案した大前案を採用したといわれる。この段階では、MIMOSが事務局役を果たし、トゥンク・アズマンMIMOS総裁(現CEO)の存在が大きかった。他に、建築家の黒川紀章氏、米国のブーズ・アレン・ハミルトン社らも提案を行なっている。

NTTは大前氏らと共に提案に加わり、マスタープラン策定を正式に受託し、提出した他、土地開発会社であるサイバービュー社に出資し、さらにMDCにも出向の形で人材を提供するなど、きわめて積極的に協力・参加している。

MSCでは、「国際アドバイザリー委員会」を設置し、マハティール首相自らが97年1月には米国西海岸を訪問して同委員会を開き、熱心な討論を実施している。これには、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、IBMのルー・ガースナー会長、オラクルのラリー・エリソン会長らが参加している。日本からは、ソニーの出井社長、ソフトバンクの孫会長らの産業人に加え、公文俊平国際大学GLOCOM所長も当初からメンバーに招かれている。

MSCの実施面も含めて、マレーシア側の人材だけでは十分に機能するかどうかは疑問もあり、マレーシア側は、今後も海外からの人材・知恵の協力を必要とすることは間違いない。



[ 1節 ]  [ 2節 ]  [ 3節 ]  [ 4章 ]  [ 目次 ]  [ 研究会ホーム ]


Copyright(C) 1998 アジアネットワーク研究所