4 シンガポールONEとインターネット
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1)インターネットが重要な判断基準に
シンガポールONEを評価する上での判断基準として、インターネットの位置付けはもっとも重要なポイントになると思われる。今後の世界の情報通信の利用の発展を見通したときに、インターネットのも戦略的なつ意味はきわめて大きいと考えられるからである。
そこで、シンガポールONEはインターネットをどう発展させようとしているかという点を取り上げ、分析してみよう。
なお、ここでいうインターネットとは、狭義には、技術的にはIPプロトコルを標準として採用し、グローバルに整合性をもったIPアドレスの交換・径路制御を中心機能とする通信サービスと、その上で実現されるソフトウェアのネットワーク体系とアプリケーションの総合的な体系を指すものとする。広義には、技術的な標準に加えて、商用事業者を含め、世界中に広がった専用回線による相互接続網、共通のアプリケーションの実現を支える制度、そしてその制度を支える自発的な合意と協力の仕組みも、インターネットに含まれるだろう。
さて、これまでのIT2000においては、公式文書のなかに「インターネット」は、言葉としてもほとんど登場しなかった。この傾向は、シンガポールONEでも、当初は踏襲されていた。関係者の証言によると、シンガポールONEの当初構想には、インターネットはほとんど含まれていなかったという。インターネットではなく、むしろ純粋の高速広帯域ATMネットワークを構築するというのが構想の出発点だった。その頃は、「シンガポールONE」という名称もなく、ただ「広帯域ネットワーク・プロジェクト」と呼ばれていたという。それが、96年にプロジェクトを具体化させる最終段階になって、ようやく「高速インターネット」を主要要素の一つとして取り入れたというのが実状のようである。
シンガポールでもインターネットを重視する人々は、「インターネットは後から慌てて付け足された要素に過ぎない」と批判し、シンガポールONEの方向性にはきわめて懐疑的である。たしかに、現時点でも、公式のパンフレットやホームページ上で見る限りでは、インターネットは数多くあるアプリケーションのうちの「ワン・オブ・ゼム」であって、「High Speed Internet」としてしか取り上げられていない。
この点で興味深いのは、前述したが、IT2000の基本インフラは、当初はOSIの採用が推進されていたという事実である。その後、インターネットが爆発的成長を遂げる過程で、TCP/IPに対しては、OSIを推進する陣営からの抵抗は相当強かったという。セキュリティの懸念などがその理由というが、総体として、とくに既存の情報技術・電気通信の主流派からは、非主流の技術であったインターネットに対する感情的な反発が強く、その影響を受けていたといえるだろう。
現在では、インターネットのIPプロトコルが当面の実際のネットワーク利用の主流であることはだれも否定しない。調査の対象者でOSI推進陣営の属していた人物でも、それは認めていた。少なくとも当面は、明らかにインターネットのアプリケーションを主軸として展開する様相を見せている。現時点では、ATMネイティブのプロトコルで現実に使えるアプリケーションはまったく存在しないから、当然といえば当然の帰結である。
それでも、依然として底流にはTCP/IPへの疑問・反発が強く残っており、それがATMのネイティブ・プロトコルへの傾斜、あるいは新プロトコルへの期待などの形で現れていると見られる。ATMネイティブのプロトコルのためのアプリケーションやサービス開発にも、かなりの比率で研究開発の資金が投じられる可能性がある。
この二つの大きな流れが、今後どのような形で展開していくかが、シンガポールONEの成功を左右する大きな鍵となるだろう。
また、技術面とはまったく別に、政治的な背景として、シンガポール政府自身が、最近になってインターネットに対して積極姿勢へと転換したと判断できるフシが感じられる。
この点をTASなどの関係者に質問したところ、1996年にシンガポール政府内部、とくに情報関連の主要な組織の間で、インターネットの位置付けをめぐる議論が続いた模様であり、その結果、年末までにインターネットが重要であるとの認識=合意がほぼ形成されたという。そのきっかけとしては、一つは情報内容に規制問題であり、世界的な潮流のなかでシンガポールのみが突出して規制を強行した感が強くなったことへの見直しをせざるをえなくなったと思われる。また、電子商取引の動向の中で、インターネットを利用することが大勢となってきたこともその要因と考えられる。
とはいえ、NCBの関係者などは、そうした政治的決定が存在することは一切否定し、公式見解として、インターネットはシンガポールONEの当初から主流だったと述べるのだが、各種材料を見ると、
この主張はもう一つ説得力に欠けると言わざるをえない。
2)技術的本質―ATMネットワークがコアに
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シンガポールONEの技術的な意味での最大の特徴は、基幹インフラとして、エンド・ツー・エンドで155Mおよび622Mという速度を提供する、ATMネットワークを構築・運用するという点にあるといえる。それがシンガポールONE全体の本質ともいってよいだろう。
煎じ詰めれば、既存の電気通信事業の発展系として、ATMベースの広帯域ネットワークをエンド・ツー・エンドで構築し、これに電話、ケーブルテレビに加えて、インターネット(IP伝送)、そしてATM伝送による新サービスを統合しようという構想である。ATMネットワークを一国全体をサービス対象とした商用ベースで実現しようという点では、世界でもシンガポールがもっとも先頭に位置する。
このATMの基幹ネットワーク上で、現時点でインターネットをもっとも有効に利用するための技術が提供されようとしている。一つがADSL(Asynchronus Digital Subscriber's Line)といって、既存の電話回線に使われる銅線をそのまま使って、上り数100k、下り数メガという高速の通信サービスを実現するというものである。また、ケーブルテレビ用の同軸回線を利用した、ケーブルモデムによっても、同様に高速回線サービスが可能になるとされ、どちらも積極的な実験が開始されている。
3)基幹ネットの運用体 1-Netの性格と機能
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・1-Netとプロバイダーとの関係
シンガポールONEのインフラとなる物理的なATM基幹ネットワークの構築・運営にあたる主体とて、1-Netという「民間コンソーシアム」による株式会社が設立されている。
ここでまず、1-Netの資本構成が、以下のように変化したことが注目される。つまり、1-Netは、当初は、TAS(電気通信庁)が子会社を通して40%を出資し、残りをシンガポール・テレコム(30%)とシンガポール・ケーブルビジョン(30%)が出資するという資本構成で、実質的には政府と国営企業2社による組織だった。しかし、97年5月になって、シンガポールのインターネット・プロバイダーであるパシフィック・インターネット(PI)とサイバーウェイ(CW)がそれぞれ15%を出資して資本参加し、TASの持ち株比率が10%にまで下がった。この2社の追加参加が、シンガポールONEのプロジェクトとしての性格を大きく変え、よりインターネットに対する比重が高まったとの観測も可能である。この2社の参加の理由としては、規制当局であるTAS自身がネットワークの運営会社の最大株主であるのはまずいという判断があったとも言われている。
また、1-Netのサービス形態が具体化されるにつれて、インターネット色が強まり、その結果既存のインターネット・プロバイダーを巻き込んだ形でのネットワーク構築・運用の必要性が明白となったこともその理由とされている。
推進主体側からいえば、インターネットが、少なくとも当面は、1-Netの唯一最大のアプリケーションになることを理解したために、彼らの参加が必要となり、そう要請したのだと見られる。この政府の要請に、2社は渋々参加したという見方もなされている(もっともPIにしてもCWにしても、親会社はいずれも国営企業であり、政府系企業であることにそう変わりはないといえる)。
プロバイダー側の立場からいえば、1-Netそのものが新たなプロバイダーとなる可能性もあり、また、根幹を抑えられるという意味では、彼らのビジネスが大きな打撃を受ける可能性が高くなり、既得権の防衛のために参加を余儀なくされたものと見ることができる。
事実、プロバイダーからは、「1-Netは本来はわれわれプロバイダーが実現すべきサービスだった。今の形で実現されたのは不自然だ」という指摘がされている。
・ルーティングの運用とIPアドレスの管理は
インターネットの運用にあたっては、異なる主体同士をどういう形で相互接続するか、ルーティングの調整・管理、IPアドレスの管理をだれがどのように行うかが焦点になるといえる。この点で、1-Netは、興味深い課題を抱えている。
シンガポールでは、インターネットの「アクセス・プロバイダー」は、政府によって規制され、現在は3社にのみ免許が与えられている。この場合の「アクセス・プロバイダー」とは、自らルーターを保有し、国際回線を運用して「グローバルなインターネットへの接続」を直接行う事業のみを指す。当面、少なくとも2000年に予定されている通信の完全自由化までは、アクセス・プロバイダーの数を増やす予定はないとされる。
国内のみのIPネットを運用するのであれば、上流で認可された3社の国際接続プロバイダーのいずれかに接続さえすれば、法的にはだれがどう事業を提供しても自由である(届け出は必要)。いわゆる2次プロバイダー、あるいは再販事業者である。しかし、彼らの市場での存在感は希薄である。
現在アクセス・プロバイダー3社は相互に回線を直結してルーティングを行い、またそれぞれが国際回線を独自に運用している。ここで1-Netは、政府の定義によれば、国際回線に直接接続していないからインターネットのアクセス・プロバイダーではない。また、そのサービスの対象は、「サービス・プロバイダー」に限定されており、エンドユーザーは含まれないという。
従って、1-Netのユーザーが1-Net経由でグローバルなインターネットをも利用したい場合には、既存の3社のいずれかの契約して、インターネットのユーザーとなる必要があるというのである。つまり、1-Netとプロバイダーと、両者の顧客となる必要があるというのだ。
しかも、1-Net自身はすでにAP-NICから独自にIPアドレスの割当を受けており、そのアドレスを1-Netのユーザーに再割当する予定だという。たとえば銀行などの大口ユーザーは直接1-Netの客となるというのだ。これらの大口ユーザー(サービスプロバイダー)は、自分たちのユーザー(エンドユーザー)にアドレスを割当てることも理論上は可能となる。「サービス・プロバイダー」が大手企業などであればそれも受け入れられるだろうが、コンテンツ・プロバイダーでベンチャー企業など小規模の企業で、こうした二重手間が必要となるというのは、合理的な仕組みとは思えない。
また、インターネットを論理ネットとして見れば、1-Netが本当にエンドユーザーをまったく顧客に抱えないといえるかどうかも疑問である。
1-Netのネットワーク内部では、1-Netのルーターでルーティングを行なう。それだけなら、論理ネットとしてのプロバイダー機能はないといえる。しかし、外部との間でデータを交換することが必要となる。そこでは、当然、他のプロバイダーとの間でルーティングを行なう必要があり、そのためには、1-Netと既存プロバイダーとの間でルーティング方式について調整・合意することが必要となる。その意味で、1-Netは通常のプロバイダー機能を果たすことになるといえるのではないか。
日本でNTTが国内で行なった「マルチメディア共同利用実験」の際にも、これに類似した問題に直面した経験がある。この時には、実験網をグローバルなインターネットに直接接続することは規制の関係上許されないことになり、実験網内部でのIPアドレスはNTTが管理するが、実験参加者が利用する一般のIPアドレスは通常のプロバイダーから取得するため、両者の整合性をとるのが非常に難しいという問題があった。
大分でCOARAの利用者が実験網に参加する際には、そこからさらに外部のインターネットには抜けられず、アドレスを二重にもつ必要が生じ、特殊なプロキシーを経由させる必要があったのである。
実は、1-Netは、当初は自らはルーティングはまったく行なわない方針であった。ルーティングについても、アクセス・プロバイダーとの間で方針を協議・調整することはまったく予定されていなかった。つまり、ATM網の基幹となる交換・伝送事業に限定し、OSIでいえばレイヤー2のサービスだけを行ない、その上位レイヤーでのIPベースのルーティングは1-Netに接続するプロバイダー同士が行なえばよい、という考えだった。
ところが、6月のオープニングセレモニーの間際になって、ATMネイティブ・プロトコルではなく、IPプロトコルを用いた実験アプリケーションを自らデモする必要が出た。そこで急遽、I-NETのネットワーク内部で自前でルーティングをする必要が急浮上し、独自のアドレスを確保・割当て、ルーターもI-NETで保有、運用せざるをえなくなったようだ。
ルーターを持ち、運用するとなると、単に1-Net内部のルーティングのみをするわけにはいかず、1-Netと他の国内のネットワークとの間、そして海外のネットワークとのルーティングを実現する必要に迫られたのである。この点については、調査時点までは、1-Netとしての方針はまったく定まっていなかった。
今後、1-Netがいわゆる「AS(自律サービス)」ネットワークとなり、BGP方式による自律的なルーティング方式を稼働させるのか、あるいは自らはあくまで「黒子」に徹し、基本的には他のプロバイダーにルーティングを委任するのか、その帰結が注目される。それによってシンガポールONEの性格はさらに大きく変わらざるをえなくなるだろう。
4)技術的問題点
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・ATMとIPの整合性
シンガポールONE全体の展望は、どこまでインターネットとして発展するかにかかっていると思われる。とすれば、シンガポールONEの中核である1-Netにこそこの課題がもっともよくあてはまる。つまり、1-Netの最大の課題とは、まず技術的な意味で、次にその結果としての制度的、事業的、政治的な意味で、インターネットがどう展開するかが問われているといえる。とりわけ、1-NetはATMを基幹幹線とするネットワークであるため、ATMの交換機によるネットワークと、インターネットのエッセンスというべきIP(Internet Protocol)ネットワークとが、どこまで整合的に運用できるか、あるいはできないかに着目すべきだろう。
ここで整理しておきたいのは、一口に「ATM」といっても、実際には、ATMの本来のプロトコルをそのまま使う「ATMネイティブ」でのサービスと、インターネットのプロトコルであるIPをそのATMネイティブ・プロトコルの上で実現するサービス、いわゆる「IPオーバーATM」とは明確に区別して考えなければならないということである。両者はしばしば混同され、単純に「ATM対IP」として議論されがちだが、それは正しくない。この点は、ペンシルバニア大学のデビッド・ファーバー教授らが力説しているところである。
主としてコンピューター技術者によって構成されるインターネット陣営の技術者からは、ATMとIPとでは本質的にプロトコルの考え方が異なるとして、ATMの技術的妥当性に強い疑問が投げかけられている。反対に主として電気通信技術者によって構成されるATM陣営の技術者からは、IPプロトコルの効率や今後の発展の限界について強い疑問が投げかけられている。両者の見解の相違はしばしば「宗教戦争」と形容され、永遠に続くかのようである。
しかし、「IPオーバーATM」については、少なくとも基幹回線の技術としては、米国を中心にかなり実用化が進んでいるおり、MCI社を始め、商用インターネットのバックボーンに相当採用され、実績を上げている。今後も、インターネットの基幹回線を支える大量高速伝送技術としては、少なくと当面はATM以外に実用に耐えられる技術は登場しないと見る見方が強い。しかし、それはあくまでIPプロトコルを伝送する技術としてのATMという位置づけの範囲内での話であり、ATMネイティブ・プロトコルによるアプリケーションが実用化するという意味ではない。ATMネイティブ・プロトコルによるサービスの実用化については、アプリケーションのインタフェースなどの標準化が進んでいないことも、大きなボトルネックになっているという。
ATMネイティブのプロトコルは、プロトコルの次元での技術的な規準は一応完成しているものの、広範な普及、実用化が確実と目されるアプリケーションは、少なくとも今のところは登場していないのが実態である。ATMネイティブを活用する代表的なサービスとしては、テレビ電話やテレビ会議、あるいはビデオ・オンディマンドなど、画像や音声をリアルタイムで、かつエンド・ツー・エンドで提供するものが挙げられている。
この場合、ATM交換機を用いることで、電話網と同様に、加入者には固定の番号が与えられ、両端の加入者同士が1対1で回線を専有して、いわゆるコネクション型の通信が行なわれるというのが、サービスの基本概念である。この構造は、コネクションレス型の通信サービスであるインターネットとは大きく異なる。しかし、広域ネットワークでのこうしたATMのネイティブ型アプリケーションの実際の需要動向は、今のところほとんど見えていない。
言い換えれば、現時点で商用・実用に耐えるサービスを提供できるのはIPプロトコルのみであり、その意味で、インターネット以外に高速・広帯域、あるいはマルチメディア型のサービスは現実味をもたないのは事実である。シンガポールONEでも1-Netの展開がまさにその方向に推移している。
この基幹となるATMネットワークと、インターネットの高速アクセス技術であるADSLおよびケーブルモデム技術とが、技術的に十分な整合性をもつかどうかが問題となる。
シンガポールONEは、単なるインフラ構築プロジェクトではない。そのインフラを利用するアプリケーションの開発促進と技術およびコンテンツの開発促進という側面ももった、総合的なネットワーク普及プロジェクトとされている。しかし、繰り返しになるが、インターネットは、少なくとも表面上は、十分な位置付け与えられているとは言い難い。周囲の状況がインターネット一色となったので、当面はやむを得ずインターネットを提供するが、できればATMネイティブのアプリケーションを開発し、その実現を期待したいというのがATM陣営に属する関係者の本音と思われる。それが、各所の見え隠れしているといえる。
他方、IPプロトコルの技術的限界、問題点もつとに指摘されているところであり、インターネットの将来、すなわち2、3年後のあり方という点では心配する向きも多く、インターネット陣営側もこの問題に対しては十分安心できるだけの回答を与えるには至っていないというのも事実である。
・高速アクセス実験での問題点
高速でのローカル・アクセス実験では、以下のような問題点が抽出されつつある。
現状での主な問題点としては、ADSLに関しては、電話局の交換機の設置場所から利用者宅までの距離が性能に影響を与えるという結果が出ているという。一方ケーブルモデムについては、複数ユーザーで同一ケーブルを共用するという基本的な制約があり、利用が重なるときに速度の確保が難しいという。いずれも、ある意味では予想された問題である。
また、ATM基幹ネットワークとの整合性という問題も出ているようだ。ATMは標準化が十分に発達していないため、各種の機器によって設定が異なるなどの問題があり、互換性の確保が問題なようだ。とくに、インターネットとATMとの技術的な整合性が難しいという。また、そもそもATM技術をよく理解している技術者が少なく、障害が出た場合の故障診断、対策の組み立てなどに手間どるようである。さらに、幹線は非常に高速だが、アクセスラインは低速であるため、その間のマッチングにも問題があるという。
さらに、高速インターネットのアクセスのレベルでも、ルーティングとアドレスの問題が浮上する。ケーブルモデムは、それ自体ではルーティング機能を内包していないために、どこかで子ルーターを設置し、その上流に親ルーターを必要とする。ところが、現在のところシンガポールケーブルビジョンはサイバーウェイと一括契約し、サイバーウェイの下流でルーティング・サービスを受けることにしている。
ここで、実際にはケーブルモデムが設置されるHDBのアパート1棟あたり子ルーター1台の設置が予定され、そのキャパシティは10BaseT、つまり10Mだという。仮にHDB1棟で5世帯利用すれば、1世帯では平均2Mで利用できる計算となる。通常のHDBは1棟に30世帯ほどは居住しているから、普及率が30%に達すれば(パソコンの世帯普及率が現在30%を越えている)、1世帯では1Mほどになる。これでは同時アクセスが集中したときには、かなり速度が落ちるものと予測される。10Mといえば数値上はかなり余裕があるように思えるかもしれないが、現在のLANの標準が10Mであり、職場のLANで、ある程度の数のパソコンやプリンターが接続されると速度が相当遅く感じることがあることからわかるように、けっして十分な帯域幅とはいえない。
一方ADSLは、ADSLモデムの受け側で「ブリッジ」接続を行い、上流で直接ルーティングが可能である。すなわち、ADSLなら、どのプロバイダーの顧客であっても設定如何でインターネットを自由に利用できるといえる。ただし、この場合、アドレス管理が問題となる。ADSLでは、IPアドレスは各ADSLユーザー毎に必要となり、その分膨大な量のアドレスが必要となり、管理体制も整備する必要がある。
また、ADSLモデムは標準化の進行が遅れており、異なるメーカーのモデムの互換性は実用レベルではまったく保証されていない。また、シンガポールONEで採用したアルカテルのモデムは、パソコンとの接続にATMカードを必要とする。このATMカードの価格は、実勢でも4万円前後で、イーサネットカードの5倍程度するという。しかも、ATMカードを利用すると、ポートが1ポートしか存在しないために、パソコン1台しか接続できず、LAN接続はできない。イーサネットカードによって利用できるADSLも現在開発中とされており、これならLAN接続は可能となるはずだが、いつ頃実用化されるのかは見えていない。
1-NETは、その先進性そのもののおかげで、これらの技術的な問題に他より早く実用的な回答を与えることが求められるようになるのは必至である。
5)制度的問題点
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・既存通信サービスとの競合をどう避けるのか?
シンガポールONEのATM基幹ネットワークは、現時点ではPVC(Private Virtual Circuit)で運用されているが、98年初めにはSVC(Switched Virtual Circuit)が追加され、主力はSVCに移行することが予定されている。言い換えれば、現在はPVCによって、ATMの「伝送」技術を用い、「1対1の専用線接続」と同等の機能・サービスが実現されているが、SVCを追加することによって、ATMの「交換」技術が本格的に導入され、「n対nの公衆回線接続」が実現されることになるという。すなわち、ATMネイティブのプロトコルを用い、交換機能を発揮したサービスに移行していくというストーリーである。
問題は、ここにある。インターネット型での利用が中心であるのであれば、アクセスプロバイダーあるいはサービスプロバイダー同士をつなぐ専用線的なPVCの方が実用的であり、SVCではアドレス管理上かえって不都合があるとの指摘があるからだ。かといってPVCを本格的に提供すると、それ自体が既存の高速専用線接続と同等の機能をもったサービスを、現在よりはるかに安価な水準で提供することになり、シンガポール・テレコムが提供する既存通信事業には大きな打撃となる。
発表されているように、155MbitのATM専用回線が毎月120万円程度で提供されるとすれば、専用線サービスなどの既存通信サービスにとっては大きな価格破壊であり、事業に対する打撃は大きいはずである。この点、SVCにすれば、シンガポール・テレコムも提供していない新規サービスとなるから、少なくとも既存サービスとの摩擦という心配はなくなる。しかし、それでは利用アプリケーションの側に問題がでる可能性が高い。このジレンマをどう解くかが問われている。
・事業区分の見直し
前述したように、1-Net自体はインターネットのプロバイダーではないとされるが、事実上プロバイダーの機能を担うようになることは必然であり、法解釈と現実との間に無理が生じる可能性がある。
とすると、いずれ利用が増加した時点で、1-Netにも正規のプロバイダーとしての認可を与えるか、あるいは現在の認可制度そのものを大幅に緩和して、二次プロバイダーと一次プロバイダーとの差を事実上なくす方向に制度を変更する必要が出るだろう。しかし、それに対しては、資本参加している現在のプロバイダーから、当然反対の主張が出るものと思われる。相対立する利害をもった主体を抱えていることの矛盾がいずれ噴出しないとも限らない。
なお、現在の1-Netは、インフラの構築といってもケーブル自体は保有せず、シンガポール・テレコムから借り上げ、ATMの交換機を接続・運用しているのであり、日本の制度でいえば、特別二種事業者の範疇に入るものと見られる。しかし、シンガポール全体が2000年には通信事業の大幅な自由化を予定しており、技術と時代の趨勢からみて、細かい事業区分は早晩意味を失うことになるだろう。
そこで、TASも通信事業者の事業区分の見直しに迫られることは必至と思われる。このときに、インターネットの機能と原理を規制官庁としてのTASがどこまで性格に把握し、理解できるかも課題となる。これは、何もシンガポールに限った問題ではなく、通信事業における規制当局が世界中で今後直面する問題ともいえる。TASもこの課題については、次第に理解を始めているようである。
なお、プロバイダーという意味では、シンガポール・テレコムが同国におけるアクセス・プロバイダー事業者の第一号で、シンガポールONEのプロジェクトにも当初から参加し、1-Netにも資本参加している。ただし、シンガポール・テレコムの社内では、実際にシンガポールONEに参加している主力部隊はマルチメディア部門であって、インターネットのプロバイダー事業部門であるSINGNETの実動部隊は、シンガポールONEおよび1-Netの事業には、少なくとも調査時点ではまったく参加していなかったし、相互の連絡もなかったようだ。
世界的に電話会社において、インターネット事業とマルチメディア事業とが、往々にして別組織で行なわれることはよくあるが、シンガポールも例外ではないようだ。NTTも、マルチメディア共同利用実験の際に同様の問題を抱えていたといえる。