2 シンガポールONEの現状


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 シンガポールのITプロジェクトの中核であるシンガポールONEは、97年6月の公式実験の開始、98年1月のワンネットの「商用化」を経て、実用段階への移行が進みつつある。この6月には実験開始一周年を迎え、たまたまAPECの通信・情報産業所管大臣会議がシンガポールで開催され、また民間の展示会であるCommunicAsia/NetworkAsia/BroadcastAsia98が同時開催された機会を利用して、大規模なキャンペーンが行なわれた。ゴーチョクトン首相自ら、シンガポールONEの正式商用化を宣言し、新聞、テレビなどでのキャンペーンも目立った。

 プロジェクト全体の概要および97年末までの動向については、すでに昨年10月に発表した報告書にまとめてあるので、今回はその後の動向を補足的に報告する。



1 年内10万人の目標達成は困難か


(1)インターネットの伸びは順調、人口比13%の普及


 まず全般の状況として特徴的なのは、シンガポールのインターネットの利用者が順調に増加していることだ。ダイヤルアップのユーザーが、1996年10月に10万8千人だったのが、97年10月には24万3千人に増加し、大学・企業などの組織ユーザーを加えると総数では38万人と、人口の13%近い普及率に達したものと推定される(『ビジネスタイムス』98年1月8日)。これは、アジア太平洋諸国のなかでは、米国に次いで高い数値と言え、人口の1割を越えたことで、さらに普及に弾みがつくものと考えられる。  シンガポールONEとして構想された各種サービスのなかで、インターネットの位置付けは、当初はきわめて低く、ビデオ・オンディマンドやテレビ会議など、ATMによる高速映像伝送への期待が高かったのだが、こうした現実を受けて、実質的にはインターネットへの傾斜が加速度的に高まっている。 (2)企業利用が増加
 シンガポールONEの現在の加入者は、98年5月段階で、公式には約8,000名に達したと発表されている。しかし、この数字には多少の誇張があり、関係者の話を総合すると、実数は5,000名程度とみられる。うち、シンガポール・ケーブルビジョン社(SCV)が提供するケーブルモデムによる利用が3000、シンガポール・テレコムが提供するADSLモデムによる利用が1,000で、個人ユーザーは合計4,000名である。
 バックボーン・インフラネットワークの運用会社である1-NET社では、年内に利用者が10万人に達するとの目標を発表しているが、少なくとも現時点では、この目標の達成は非常に難しいと思われる。
 97年末時点では、ユーザー数は公表5,000名であった。そこから、5カ月で3,000名増加したという公表数字をそのまま受け取れば、伸び率は半年で92%、年率換算では約200%となり、このままの勢いで増加しても、98年末の利用者は15,000名に過ぎない。
 ただし、97年末での5,000名という数字も多分に「水増し」された可能性が高く、実数はせいぜい1,000名前後だったとみられる。これが、4,000名に達したのだとすれば、その増加率は半年で480%となり、この勢いがそのまま継続すれば、年末には20,000名ほどになるが、それでも目標をはるかに下回る。
 現在、シンガポールONEはテレビや電子メールなど、さまざまな手段で加入キャンペーンが積極的に展開されているが、10万人という目標を達成するのは、そう容易ではないだろう。
 ここで注目されるのが、個人利用ではなく、企業利用である。シンガポールONEでは、企業ユーザーによる接続が急速に始まり、すでに1000社ほどに達したと言われている。かりに1社あたり平均利用者が10名としても実質で1万人が利用していることになる。こうした組織単位での利用が増加すれば、一気に総利用者も増える。大規模ユーザーを獲得すれば、数万人単位での増加も十分考えられる。
 この企業ユーザーの増加は、従来の専用線より低価格で接続できることに企業側が気がついたことによるものとみられる。1-NET社自体は、すでに97年末段階で、個人ユーザーよりも企業ユーザーに重点を置いた戦略への切替えを図っていた。そうしなければ、ATM交換機中心の高速バックボーンネットワークの高額な設備投資を回収して収益を上げる見込みが立たないからだ。いわゆる「BtoC」ではなく「BtoB」路線である。
 これに対して、規制当局であるTAS(シンガポール電気通信庁)は、当初は、専用線同等の機能を低価格で提供することは、シンガポール・テレコムによる既存の専用線事業を圧迫することになるからと、これに難色を示していたのだが、どうやら1-NET社の方針を認めたものとみられる。
 ただし、形式的には、あくまで「SVC」(スイッチド・バーチャル・サーキット)として、回線交換型のネットワークであって、専用線サービスではないという解釈をとっていると思われる。
 従来シンガポールは、インターネット利用に対する専用線接続の比率が日本などと比べるとかなり低かった。専用線の価格は相対的には安いため、なぜそうなのか、その理由はよくわからなかった。しかし、さらに低価格の高速専用線接続を事実上可能とする1-NETの登場で、この状況に大きな変化が現れているのが注目に値する。
 このほか、 シンガポール・テレコム社が、97年末からADSLモデムによる最大下り5.5メガビットという速度の「マジックス」を、一般商用サービスとして提供している。ただし、提供されているアルカテル社製のADSLモデムのユーザー側のパソコンのインターフェースがATM仕様に限られていることと、料金が国際回線を利用すると従量制で課金されるため割高になることから、利用はまだ低迷しているようだ。



2 進む電子商取引の環境整備


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 シンガポールONEが力を入れている利用分野としては、政府・公共サービス、教育、医療などの非営利分野と、電子商取引、金融などの営利・商用分野の両方がある。とくに、インターネット普及の次の原動力と目されている電子商取引については、環境整備が急速に進められている。
 かつては、セキュリティへの疑問が強く、インターネットそのものに対して企業側、とくに金融機関などがきわめて懐疑的だったのが、おおきく変化したのである。  97年7月には、電子取引に必須となる認証機関(CA)として、ネットラスト社が政府系の出資により設立されている。また、1998年6月には「電子商取引法」の成立が予定されている。これらの動きが、銀行、保険、証券などの金融業をはじめ、オンライン販売など、広範な電子商取引の普及を加速し、さらにインターネットの利用を増大させることはまず間違いないものとみられる。
 現に、大華銀行(UOB)とシンガポール開発銀行(DBS)がすでにインターネット・バンキングのサービスを開始しており、ケッペル銀行、華聯銀行(OUB)が98年後半のサービス開始を予定し、華僑銀行(OCBC)と郵便貯金銀行(POSBANK)も実験を開始している。
 スマートカードによる「電子身分証」の導入も急速に進み、98年5月時点で2万枚がすでに発行されている。このスマートカードの発行を一手に引き受けているネットラスト社の予測によると、98年に、全国労働組合会議が2万5千枚、政府公務員が6万枚、大学が4万枚、それぞれ電子身分証を発行するものと見込まれ、これに銀行がATMカードを兼用できるものを合計10〜20万枚、シンガポールONEがユーザー向けに1万枚発行すると見込まれ、98年内には23万から33万枚に達するものと予測されている。これは人口の約10%に相当する。
 このカードは、直接的にはオンライン機能をもつものではないが、早期ユーザーにはパソコンに接続できるカードリーダーを無償提供する会社もあり、インターネット接続と連動させて、本人認証、電子署名などのアプリケーションが普及するためのベースとなると思われる。
 なお、ネットラスト社では、2000年までには100万枚、シンガポール人の3人に1人がこのカードを携帯するようになると見込んでいる。



3 サービス(アプリケーション/コンテンツ)と利用環境の重視


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 シンガポールONEの普及の鍵を握っているのは、以下の二つの要素だと考えられる。一つが、インフラ・ネットワークのアーキテクチャーを中心として、インターネット型の論理ネットワークをどのように構成していくかという技術的な要素で、もう一つは、実際に利用者にとってどれだけの実用的なメリットを提供できるかという、サービスの質という要素である。
 前者については、すでに前回の報告書で相当量の分析を加えたところであり、また現時点に至るまで大きな進展は見られないと考えられる。依然として、ATM交換機中心のバックボーン・ネットワークと、トラフィックのほぼ全量を占めるインターネットのIPとの間の整合性がとれておらず、ルーティング効率、ポリシー面での課題が残されているようである。
 そこで、今回はまず後者のサービス面についてみてみよう。過去半年ほどの動向として目につくのは、様々なサービス、すなわちアプリケーションないしコンテンツの重視であり、また利用環境の整備である。
 現在までに、シンガポールONEでは、ニュース・オン・ディマンド、ビデオ会議、遠隔教育、遠隔医療、行政サービスなど、約100種類の多様なサービス・アプリケーションが提供されている。また、最近ではオンラインゲーム、ウェブキャストを利用した各種の実況中継、遠隔教育コースなどの提供も始まり、これらの量の拡大と質の充実に力が入れられているようである。
 また利用環境面では、一般市民の住んでいる住宅地区にコミュニティ・センターに、シンガポールONEの利用拠点を設ける動きが活発で、さらに図書館、学校などにも、高速接続用の端末が多数配置されている。


(1)画像伝送サービスを依然として重視

 シンガポールONEの特徴としては、当初からATMによる高速ネットワークを重視し、画像系の伝送サービスのアプリケーション開発に力が入れられてきたところにある。ビデオ・オンディマンド、ビデオ会議など、ATMによるエンド・エンドの画像系サービスが、実際にどこまで需要があるかについては、意見が分かれるところだが、シンガポールでは相当大きな需要が存在することを見込んでいる。
 国家コンピューター庁(NCB)では、ビデオ会議のパイロットプロジェクトを重点的に推進しており、98年4月から、そのフェーズ2として、「デスクトップ・ビデオ会議」実験を開始し、参加呼びかけを行なっている。これは、ベンダー4社とタイアップして、カメラ、画像カードなどのハード・ソフトを割引価格でセット販売するもので、通常300〜400Sドル(約2万4千円〜3万2千円)のものが、100〜150Sドル(8千円〜1万2千円)で入手できるというものだ。ユーザー認証には、ケーブルモデムの内蔵シリアル番号を利用するとしている。ADSLモデムについても同様の仕組みを提供しようとしている。さらに、5月・6月は「紹介キャンペーン」も実施され、友人などを参加させた紹介者は一人あたり15Sドルの紹介料が小切手で払われるというものだ。ただし提供されるハード・ソフトの数は限定されている。
 各種イベントのビデオ中継も盛んに行なわれるようになり、98年2月にビル・ゲイツがシンガポールを訪問した際のスピーチも、シンガポールONEで実況中継されたのが皮切りとなって、「ミス・シンガポール・ユニバース」との対話、「ブロードバンド・ネットワーク開発セミナー」、「医療相談ビデオ会議」といった、硬軟様々な番組が提供されている。
 しかし、実験ユーザーの間では、これらの番組を高く評価する声はあまり聞かれない。テレビと同種のサービスが、MPEG-1クラスの画像で送られるくることには、さほど新鮮なものとは受けとられていないのだ。一週間分のニュースをいつでも好きなところから見られる「ニュース・オンディマンド」は便利だという声はあるが、「キラー・アプリケーション」となるほどの魅力にはなっていない。画像系のサービスは、提供側が力を入れている割には利用者の受け止め方はクールで、あまり盛り上がってるとはいえないようだ。


(2)遠隔医療の導入

 より専門的な分野での利用実験も進められている。たとえば遠隔医療の試みの一つとして、一般の患者が医師、看護婦、薬剤師などの医療専門家とオンラインでの「ビデオ会議」を通して、医療相談を受けられるサービスが、98年5月に開始されようとしている。
 これはヘルス・オンライン社が実施するもので、患者は自宅から、医師らは自分の現場から、それぞれADSLなどの高速アクセスを経由して、画像・音声のリアルタイム会議を行ない、医療相談が実現されるというものだ。ただし、専門家たちは場合によっては、あらかじめ設定された時間のみ、コミュニティ・クラブ、病院などに出向いてサービスを提供することもあるという。
 当初98年6月までは無料実験を行ない、その後は、登録利用者に限ってアクセスできるようにし、ヘルス・オンライン社経由で、少額だが相談料が課金されるようになるという。具体的な金額は未定だが、10分単位で課金され、支払いはクレジット・カードないしキャッシュカードが利用される予定とされている。
 一方、一般の産婦人科病院でもシンガポールONEによるサービスの提供が開始されている。女性と子供のための総合病院、 KK婦人子供病院は、シンガポールにおける産婦人科と小児科の教育研究面でのリーダーとされている。施設は中心部郊外のカンポンジャワ公園にあり、ベッド数が834(婦人452、小児382)、医師120人、看護婦1100人、職員1800人という大規模なスタッフ構成をもつシンガポール有数の病院である。小児科は16歳以下の児童と嬰児が対象とし、婦人科には、産前治療、1日治療、人工妊娠などの各センターがあるほか、外来部、リハビリ部、化学検査部などある。
 この病院内では、「シンガポール・ワン」を通じて、電子医療(サイバーキュアー)ネットワークのサービスが受けられる。入院中の児童が、サイバーキュアーの仮想ゲームセンターに設けされた各種のゲームを楽しむことで、辛い入院生活をしばし忘れることができるというわけである。また、父母は、子供の病気や医療援助団体などの関連情報を知ることができる。このサービスは、国家コンピューター庁(NCB)からの補助を含め、100万Sドルをかけ、各病院の協力で作られたものである。


(3)「バーチャル大学」の試み

 遠隔教育の事例としては、シンガポール・ポリテクニック(工科大学)による「バーチャル大学」が開始されている。このバーチャル大学は、エンジニアリング、情報技術(IT)、経営学などの分野で39のコースを設置しており、現在の学生数は約270人に上っているという。
 これに加え、98年7月の新学期からからはシンガポール・テレコム社のADSLによる「マジックス」を利用し、コンピューター・グラフィックス、リポート作成、保健、コンピューター・アニメーション、マーケティングの5つの学科が開始されるという  受講する学生は、自分の都合に合わせて『マジックス』経由でアクセスできる。講義出席から、講師やクラスメートとの討論、研究所や図書館での研究、課題の提出、テスト受験まで、自宅のコンピューターから可能となるという。受講コースの登録、授業料の支払いなどもオンラインで処理できる。これにより、昼間勤務をもつビジネスマンたちにも、教育の機会が提供されることになる。98年12月末にはさらに24コースを新設する計画もある。
 シンガポール・テレコム社はこの新サービスによって、「マジックス」の加入者数を現在の4,000人から年末までに2万人へ増やすことを狙っているという。


(4)ゲーム、エンターテインメント

 シンガポールONEでは、オンラインのゲームやエンターテインメントも重視されている。最近もオンラインゲームのコンテストを実施し、60名以上が参加して人気を博したという。実験参加ユーザーによれば、インターネットでの音声・画像伝送ソフトの定番ともいえる「リアルプレーヤー」を利用した「Radiowave」とい音楽番組が、聞きたい曲順をパーソナルに選択できることで評価されているようだ。また、javaを駆使したゲームなども子供たちには人気があるという。ゲームのコンテストなども開催されている。
 NTTも、97年12月にシンガポールONEに参加を表明し、そのサービスの一環として独自に開発したライブ・オン・デマンド(LOD)サービスを実施する予定となっている。人口約3万人と、世界第3の規模といわれるシンガポールの日本人社会を対象に、日本のプロ野球の実況中継など、これまで現地では見ることができなかったテレビ番組を提供するというものだ。これは、放送衛星などを通じて入手したビデオ映像をほぼリアルタイムで提供するもので、ビデオ・オン・デマンドの新型サービスと位置づけられる。
 LODはまた、ホテルのオンラインサービス「ホテルネット」を通じて、シンガポールを訪れる日本人観光客も利用できるようになる。シンガポールにせっかく観光に来た日本人が、わざわざ日本のナイターを見るというのもいかがかと思われるが、案外人気は出るかもしれない。



4 今後の課題


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 こうして、企業利用の推進、アプリケーションとコンテンツの重視など、積極的なプロジェクト展開をみせているシンガポールONEだが、普及の伸びが当初の目論見通りに進むかというと、そう簡単ではないのも事実だ。以下、とくにネットワーク構造の問題を中心に、今後の課題について簡単にまとめてみた。


(1)バックボーン・ネットワークの構造

 まず、バックボーン・ネットワークの構造そのものの問題があるとみられる。わずか5,000ユーザーほどであるにもかかわらず、実験ユーザーたちからは、回線が遅いという指摘が一様にされている。
 ニュース・オンディマンドなどの画像伝送が遅いのかというと、そうではなく、むしろインターネットでとくに海外のサイトを利用しようとすると、きわめて遅いというのだ。これには二つの原因が推定される。一つは、インターネットそのものの利用が急増しているため、国際回線の容量が増大する需要に対応しきれていないということだ。これは、必ずしもシンガポールONEないしは1-NETのインフラの問題に限定されないことといえる。
 もう一つの原因としては、1-NETという事業が「国内バックボーン」に限定され、直接国際回線を運用していないということに起因するものと推察される。シンガポールでは、インターネットの国際接続を直接できるプロバイダーは、シンガポール・テレコム、パシフィック・インターネット、サイバーウェイの3社に限定されており、1-NET社は政府の規制により、直接自前の設備による国際接続が認められていない。  したがって、ユーザーが国際回線を利用しようとすると、かならず上記3社のいずれかの回線経由での利用となる。ここで、1-NETと3社との間の相互接続の効率が必ずしもよくないために、スループットが上がらないことが、利用速度の低下に関連していると推察される。
 さらに、シンガポールONEの成り立ちの経緯そのものから派生している根本問題があると考えられる。関係者によれば、シンガポールONEは、もともとATMバックボーンが先行して設計されたため、インターネット技術の根幹であるIPのルーティングについての技術的配慮がまったくなされてなく、現在に至るまでルーティング効率の向上はほとんどみられていないという。この問題を解決しない限り、利用者が増加した場合に、ネットワークの各所でボトルネックが生じる可能性が高いのである。
 これを改善するためには、技術ポリシーそのものを変更し、かつ設備も大幅に入れ換えるなどの必要があるだろう。しかし、すでに導入してしまったアルカテル社のATM交換機そのものが、IPネットワークの効率的な運用には適していないとも考えられる。
 もともと「インテリジェント・ネットワーク」として設計されたものが、IP中心のネットワーク、いわゆる「スチューピッド・ネットワーク」とどこまで整合性をもつのか、二つの構造が組合わされたときに、どこにそのギャップが生じるのか、シンガポールONEでは、世界に先駆けた貴重なフィールド実験を行なっているものと考えられる。


(2)ローカルアクセスの課題

 一般利用者へのローカル・アクセスについても、課題は残されている。ADSLについては、すでに述べたように、従量制の課金体系が利用を押さえているとの指摘がある。また、イーサネットのインターフェースが用意されていないため、一般利用者は、一回線、一モデム、一PCという構成でのいわば「シリアル接続」を余儀なくされ、せっかくの高速帯域が、一人でしか利用できないという不合理が発生している。一人で常時数メガを利用するようなアプリケーションはまだまだ少なく、ユーザー側からみれば、数台のパソコンでLANを経由してネットワーク接続するのが常識と考えられるのに、これに対応していないのである。さらに、マジックスでは、ADSLモデムの価格が、一台1000Sドル(約8万円)前後と、まだ割高だという問題もある。
 なお、現在はADSLを利用できるパソコンは、ウィンドーズ系のものに限られているが、マック系およびLINUX系でも利用できるように開発が進んでいるという。
 ケーブルモデムについては、DHCPプロトコルも実装されたようで、課金も定額制であり、利用する上ではほぼ問題ないという。ただし、いまのところは、あくまで実験段階とされており、本格的な商用利用への移行の時期および価格体系については未定となっている。
 この背景としては、同一建物などで利用が集中したときに回線が耐えられるのかどうか、さらに料金体系がADSLあるいはISDN、専用線など、他のサービスとの関係でどこまでバランスを保てるかといった要素があるものと考えられる。

 いずれにしても、シンガポールONEは、当初の構想・思惑とは離れて、幹線からローカルアクセスまで、高速インターネット接続を統合的に提供するネットワークへと「独り歩き」ないしは「突然変移」による成長が始まってしまったものといえるだろう。この成長・発展が今後どこまで続くかは、関係者が実際の利用動向に対してどこまで柔軟でオープンな姿勢を保ち続けるかにかかっているだろう。政府当局などによる人為的なプロモーションの有効性には限界があるとしても、ユーザー側の自律的な発展の勢いは、おそらくだれにも止められないだろう。その意味で、依然としておおいに注目すべきプロジェクトである。

 シンガポールONEは98年6月、実験の正式開始以来一周年を迎え、APEC諸国の通信大臣会議がシンガポールで開催されたのにタイミングを合わせ、大がかりなキャンペーンが展開された。しかし、予測された新たなサービスの登場はなく、内容的には大きな変化はみせていない。

 シンガポール政府は、シンガポールONEに国家の威信を賭けて取り組んでいるだけに、相当量の資金を投入する姿勢を見せている。この点が、資金力に苦しむマレーシアのMSCとの大きな違いといえ、シンガポール側もそれを承知で積極的に資金投入に取り組んでいるといえる。海外企業に対しても、強引なまでにシンガポールONEへの参加を求めることが多いという。
 こうした「上から」の動きが、インターネットに代表されるボトムアップの需要爆発とうまくクロスすれば、シンガポールONEは大きな成果を上げるだろう。



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