第1章 ユーザーの要請:問題と障害


[ 1節 ]  [
2節 ]  [ 2章 ]  [ 目次 ]


1 事例研究 IFWPプロセスから学ぶ



インターネットのユーザーは何を求めているのか。技術の急激な変化の速度に比べると、政策・規制などの社会制度の変化・整備の速度が追いつかないことから、様々なギャップが生じているといえる。
その問題の典型例のひとつが、ここ数年、インターネットの関係者の間で真剣な議論が続き、米国政府が介入したことによって、国際的にも大きな関心を呼ぶようになった、インターネットのドメインネームなどの技術資源についての管理問題である。 そこで、まずこの問題が「事例研究」として取り上げられ、IFWP(International Forum on White Paper)という国際的な協調活動を中心に議論が行われた。
 この問題は、比較的少数の当事者によって論議されてきた経緯があり、事実関係も含めかなり複雑な事情があるが、必ずしも一般に広く知られた問題とはなっていない。そこで、事実関係の正確な理解のために、最初に、会議で配布された資料を再録・要約する形でこの問題の概要を詳しく紹介しておきたい。


・はじめに―インターネットはだれがどう管理するか
 ここ数年、世界中のインターネット関係者が直面してきた最大の課題の一つが、「ガバナンス」あるいは「セルフ・レギュレーション」と称される、インターネットの管理運用体制をめぐる問題だ。もともと、インターネットは「ネットワークのネットワーク」と言われ、それぞれが自立しているネットワーク同士が原理的には対等に相互接続して、結果として世界中につながる巨大なネットワーク集合体を形成しているのが実態だ。
 よく、「インターネットは自律分散協調ネットワークであって、電話のネットワークなどとは異なり、中央で誰かが集中管理しているわけではない(その意味では無責任な体系である)」といわれる。
 これは、部分的には正しい。個々の自律ネットワークがそれぞれ自らの領域については自らの責任で管理する、というのがインターネットの基本であるという意味で。同時に、「だれも管理していない」のは違う。正しくは、「みんなで各自の分担を決めて管理している」のである。
 「協調」という意味では、インターネットが文字通り世界中くまなくつながり、日本のある都市から出した電子メールが、ブラジルでもエジプトでも問題なく配達されるためには、どうしても統一的な管理と、それを司る組織が、最低限どこか一箇所に必要である。それぞれの単位ネットワークが自らのネットワークを責任をもって管理するとともに、それらのネットワーク同士が、共通の取り決めに基づいて協調・相互管理しているからこそ、グローバルに、文字通り何千百台ものホストコンピューター、そして数億人もの利用者が、相互に自由にコミュニケーションできるのである。
 いまや、全世界で数億人というオーダーの人々が毎日の仕事や生活に必須の手段として利用するようになったインターネットを、だれがどのように管理するかという問題が、社会的に大きな重みをもつようになったことも必然である。

・問題の発端
 インターネットの管理運用の中核に存在するのが、IPアドレスとドメインネーム、ネットワーク・プロトコルの管理の問題だ。これらの技術体系を運用管理する総元締めが、米国のIANA(インターネット・アサインド・ナンバーズ・オーソリティー)という、南カリフォルニア大学付属の研究機関である。IANAは、実質はジョン・ポステルというインターネットの先駆者が一人で切り盛りしてきた組織だが、その活動資金のかなりの部分は、米国政府国防総省との「委託研究」に支えられてきた。一方ドメインネームは、とくに、gTLDである「.com」、「.org」、「.net」については、米国の民間企業であるネットワーク・ソリューション社(NSI)が、米国政府の全米科学財団(NSF)からの委託契約によって登録業務を行なってきた。
 95年10月から、NSIがgTLDの申請に「手数料」を徴収し始めたことで、ドメインネーム登録業務が立派な営利事業となることが見え、「.com」を代表とする汎用ドメインネームは、NSIの独占体制を開放し、他社にも登録業務を見とめるべきだとの意見が出始めた。「.com」だけでは不足で、「.biz」など、新しいgTLDの追加が必要で、すべて市場の自由競争に委ねるべきだという主張が強まった。また、NSI社に対してはドメインネームと登録商標との摩擦をめぐる訴訟が頻発した。その背後に、米国政府がIANAやNSIと結んでいる委託契約は健全な市場競争を妨げるとの批判も強まった。
 こうして、IPアドレスの割当体制なども含めて、インターネットの現在の運用管理体制全体に、法的正統性(レジティマシー)があるかどうかが問題とされ、関係者による激しい議論が続いてきた。

・gTLD体制の見直し gTLD MoU
1994年頃から、gTLDを中心としてドメインネームの新しい運用体制を模索する動きがインターネット・コミュニティのメンバーを中心に開始された。96年5月、IANAのジョン・ポステルが、RFCドラフトとして、gTLDを新たに150追加すると提案した。この提案は大きな議論を巻き起こし、インターネット協会(ISOC)が中心になって、国際電気通信連合(ITU)、世界知的所有権機構(WIPO)など国際機関のメンバーにも呼びかけ、96年10月に国際臨時検討委員会(IAHC)が設立され、汎用ドメインネーム(gTLD)についての新しい運用体制を検討し、97年2月に最終案がまとめられた。インターネット・コミュニティの内外で賛否が交錯し、さらに数度の修正を重ねた結果、97年5月、この案に賛同・署名する団体・組織が参加し、ジュネーブで新しい協定書=gTLD MoUの調印式が行われた。
 これにより、IANA、IAB(インターネット・アーキテクチャー・ボード)、CORE、ITU、WIPO、INTA(国際商標協会)らの代表によるポリシー監視委員会(POC)が設置され、登録業務に参加したい企業を世界中から公募し、98年1月に88社・組織が選定された。COREは、共有データベースの開発を進め、98年4月から運用が開始される運びとなっていた。

・米国政府の介入:グリーンペーパーからホワイトペーパーへ
 ところが、gTLD MoUの内容とそれに至るプロセスに批判的な人々は、新体制には法的根拠が欠如していると主張し、米国政府に対してこれを認めるべきではないとのロビー活動を始めた。ITUなどジュネーブに本部を置く国際機関が参加していたことから、欧州主導だとの批判も出た。これらを受けて、米国政府は現行体制における契約の当事者として、gTLD新体制への切替えを承認することを留保し、新体制は実際には稼動できない状態となった。
こうして膠着状態が続くなか、米国政府はホワイトハウスのアイラ・マガジナー大統領上級政策顧問を責任者に、インターネット政策を担当するプロジェクトチームを発足させた。1997年7月、まずインターネット上の電子商取引を非課税にすることを呼びかけ、同時にドメインネームなどの技術的な運用管理体制について検討開始すると発表し、ヒヤリングを含めて新政策の立案・実施活動に着手した。その結果、1998年1月末、商務省の電気通信庁(NTIA)がドメインネームの新管理体制を中心とする政策提案(「グリーンペーパー」)を発表し、関係者からの意見を広く求めた。このグリーンペーパーでは、インターネットの発展は米国国民の税金が使われたことが強調され、IANAに代わる国際的な新法人を、米国法下で、民間主体で設立することが提案され、米国政府は現行の契約を終結させ、インターネットの運用管理からいずれ手を引くとした。
 この提案には世界中から600通以上のコメントが寄せられたが、大半は米国の意向が強く出過ぎ、細目まで関与し過ぎると批判的だった。EU政府なども強い懸念を表明した。98年2月、フィリピンのマニラで開催されたAPPRICOT会議の際、APIA(アジア太平洋インターネット協会)主催の討論会が行われ、マガジナーも参加したが、そこでも米国中心主義に対するアジア側からの懸念が表明された。マガジナーは、世界中からの建設的な提案は大歓迎で、それらを受けて最終案を4月にはまとめると表明した。
98年6月、予定より遅れて、新提案、ホワイトペーパーが発表された。各国からの批判を受け、グリーンペーパーの内容は大幅に修正され、非営利、ボトムアップ、民間主導といった主要原理は維持しつつも、新法人の機能、組織形態などの具体的な内容はすべて民間に委ねるというもので、今度は大筋では各国関係者から歓迎された。

・民間の自主努力 IFWPの活動
 ホワイトペーパーはバトンを民間に委ね、米国政府ではなく民間側が9月末までに新組織についての合意を形成することを要求した。数年間にわたる激しい論争をわずか4ヵ月で収束し、全世界の関係者が納得できる非営利組織とその運営体制を民間主導で作り出すというのは、至難の業にみえた。これは歴史的にみてもあまり前例のない「実験」といえる。
 6月中旬、米国のISPによる業界団体CIXなどが提唱し、欧州の業界団体なども参加してIFWP(インターナショナル・フォーラム・オン・ホワイトペーパー)という臨時の組織が作られ、新体制実現のための活動が開始された。IFWPの活動目的は、これまで不毛な対立関係にあった様々な利害関係者が、あらためて議論を通して現実的な解決策=「コンセンサス」を形成することの促進と、そのために共通のテーブルづくりに置かれた。
 会議開催の裏方として実務作業を推進する幹事会(SC)が設けられ、その参加資格は法人格をもつ非営利団体で、週2回開催される電話会議に自費で参加できるものとされた。アジアのインターネット関連団体は任意団体が多く、SCにはアジア太平洋インターネット協会(APIA)のみが参加した。筆者はAPIA事務局長という立場で、7月中旬から、電話会議および平行するメーリングリストでの討議に参加し、IFWPの運営に深くかかわることになった。
 IFWPは、当初は各国当事者から猜疑の目で見られたが、あらゆる参加者が公平に、オープンに参加できるという原則を強調し、その実現に努力した結果、次第に前向きに受け止められるようになり、参加団体も大幅に増えた(表1)。この背景には、9月末までに民間による具体案が一本化されない場合には、やむをえず米国政府が自らの手によって新体制をつくるとマガジナーが明言していたことも大きく作用している。

・ワシントンでの第1回ワークショップ
 7月1−2日、米国ワシントン郊外のレストンで、IFWPの第1回ワークショップが開催され、約200名が参加してあるべき新組織の機能、制度を中心に侃侃諤諤の議論が戦わされた。このワークショップでは、特定の立場の人々に特別の位置を与えず、終始参加者のだれもが平等に扱われた。ゲスト参加したマガジナーと、これまでのプロセスにはまったく無関係で、国際紛争調停を専攻するボストン大学のタマル・フランケル教授がチェアを勤めて短い「基調講演」を行ったほかは、ジョン・ポステルからのメッセージはフランケル教授が「代読」し、すぐにテーマ別の分科会に入った。  参加者がその場で司会と記録係を選び、トピックの選定から議論の進め方まですべてオープンに、全員の合意を得ながら進め、後に全体会でその結果を報告・確認するという方法がとられた。米国ではよく行われる方法だが、英語が自由に操れない者にとっては相当負荷が高いことも事実だった。
 議論の対象は、あくまで新組織の組織形態と、それを実現するための方法に絞り、組織の具体的な機能や運用方針(ポリシー)については触れないとされた。つまり、新組織の「器」の作り方に集中し、「中身」は、新組織の構成メンバー役員が決めるべきだというアプローチで、まず「公平・公正」な入れ物についての合意づくりを優先し、対立する利害の調整は、できた入れ物のなかで行うという2段階戦略だった。
 この結果、これまで激しく対立してきた人々がまた不毛な議論を続けるのではないかという大方の懸念に反して、予想以上に生産的な討議が展開され、主な合意点および論点が明確になるという成果をあげ、参加者の満足度は高かった。この結果、ヨーロッパ、アジアと一連のワークショップを続けることが確認された。

・ジュネーブのワークショップと欧州政府の対応
 IFWPの活動を米国主導と受け取った欧州政府(EU)は、7月初めにブラッセルで独自の会合を開催した。ただし、参加者はIFWPの幹事会メンバーであるヨーロッパの業界団体が多く含まれていた。その結果、独自の代表を選任し、ヨーロッパ側の要求・主張が整理され、発表された。
 ISOCも、当初はIFWPに懐疑的で、いったんはジュネーブでのINET98で「インターネット・サミット」という特別セッションを単独主催すると発表したが、IFWPの第1回のワークショップに参加した結果、INET98の終了直後にIFWPの第2回ワークショップに合流・共催すると方針を変更した。
 7月24-25日、ジュネーブで開かれた第2回ワークショップは、第1回同様に、新組織のあり方を中心に、項目別の議論が繰り広げられた。開かれた会員組織か限られた組織による構成にするのか、役員会の権限と責任などが主な対立点となったが、多くの点では合意が形成されていった。これらの議論での「合意」事項はすべてその場で記録・確認され、さらにインターネット上で公開されていった。また、ハーバード大学法学部のバークマンセンターの研究者がボランティアで各ワークショップの合意点を収集し、IANAおよびNSIがそれぞれ発表した新組織の規約案を論点毎に比較対照し、IFWPの合意内容との整理を行ってやはりウェブ上に発表して議論の推進の媒介を行う作業にあたった。

・8月、シンガポール会議開催 アジアの声をどう出すかが課題
IFWPのプロセスにアジアからの声を反映させようと考えたAPIAは、アジアの他のインターネット関係団体にも広くよびかけ、8月11日から13日の3日間、シンガポールでIFWPの第3回ワークショップを開催した。アジア側の主催団体は表2の通りである。
 準備期間が実質一ヵ月弱、主催側の人員・体制は十分とはいえず、しかも欧米をはじめ各国の利害関係者の対立には依然根強いものがあるため、準備の舞台裏は相当厳しいものがあった。モデレーターやパネル討論の発言者の人選で、厳密な中立性や全体のバランスをとることが強く要求され、調整は容易ではなかった。資金集めも難航した。しかし、蓋を開けたところ予想を大幅に上回り、アジア太平洋の18カ国・地域をはじめ、欧米はもちろん、アフリカ(ガーナ、南アフリカ)、中南米(メキシコ、アルゼンチン)など計32カ国150名が集まった。
 シンガポール会議では、欧米の発想に偏ることなく、真にグローバルな体制を創るために、アジア側からの意見を出すことが最大の目的であり、課題でもあった。米国側は「政府は手を引き、民間主導で進める」と言うが、アジアでは、是非はともかく、現実には政府が動かない限り民間が動けない構図の国が多い。また、英語に限らず多言語・多文化への対応を強調するのもアジアならではの意見だった。
 欧米では、自由発言方式で活発な議論が起きるが、アジアの人々は、インターネットの関係者でも、国際会議で自ら積極的に発言する人は数少なく、多くの人は議長の指名や、あらかじめ定められた順番に沿って発言する傾向が強い。しかし、それでは錯綜する問題を解決するための深い議論はなかなかできない。会議の運営には様々な工夫が必要とされた。
事前にアジアの文化・プロトコルの説明ガイドを配布し、自由討論と指名型討論を組み合わせ、モデレーターがワイヤレスマイクを手にもって積極的に席を回って、アジア側の発言を促すことも行なった。マイクを向けられば、案外自分の意見を言う人は多いからだ。最前列に陣取る欧米人とアジア・途上国の人間との席を交代してもらうことまでした。最後には「オックスフォード・ディベート」も行った。こうした努力の甲斐もあって、「新組織から政府の人間を排除するのは、アジアでは非現実的だ」、「アフリカの後進国は先進国のインターネット利用に追いつくことさえ難しい、その現実をもっと理解すべきだ」といった声が相次いで出された。参加者の理解レベルが大きく異なるため、前2回の会議とは異なり、コンセンサスを確認する票決は一切行わなかった。一人一人の発言をより重視したかったからだ。欧米側の参加者からは、アジアの異なる文化・発想の存在がよく伝えられ、有意義だったとの評価が高かった。この結果、IFWPの議論を受けて進められたIANAによる新組織の規約案にも、役員会への地域代表の参加、政府による顧問会議などの設置などの条項が盛り込まれた。

・その後の展開 収束への混沌
 シンガポールの会議は成功裏に終わった。続いて、8月20-21日にはアルゼンチンで中南米諸国によるIFWP会議が開催され、盛会だった。問題は、これら一連の議論の結果を、どこでどう収束し、実際の組織の立ち上げにつなげるかだった。その方法論はどこにも決められていないままだった。
IFWPの幹事会では、8月の中下旬に、議論の収束方法を巡り、延々と検討を続けた。紆余曲折の結果、いったんは米国ボストンで、ハーバード大学のバークマンセンターが主催し、新組織の統一規約案を仕上げる非公開の「交渉会議」を9月中旬に開き、その直後にIFWPが公開での「批准会議」を主催すると決定された。
 しかし、その後事態は二転三転した。電話会議が一日おきに開かれたが、非公開の交渉はアンフェアだという批判や、新組織への移行に大きな影響力をもつIANAとNSIが交渉に参加すると確約しない限り意味がないとの主張も強く、CIXなどの主な構成団体のいくつかは、IFWPのプロセスは終わったとして、個別交渉に焦点を変えようとした。
 IANAもNSIも明確に交渉に参加するとの態度を打ち出さずに徒に日にちが過ぎていった。9月初旬になって、非公開で進められていたIANAとNSIの直接交渉が予想以上に進展し、交渉会議は意味がないとして両者は参加しないとバークマンセンターから報告された。この結果、「批准会議」もキャンセルし、IANAとNSIによる最終案がまとまるのを待つことになった。しかし、それに不満な人々は、IFWPプロセスの継続を主張し、独自にボストンで草案作成会議を開催することになった。この時点で、IFWPは事実上分裂し、事態は混沌へと向かった。
幹事会での議論と平行して、メーリングリストに次々に報告が流され、様々な意見、思惑、うわさが飛び交っていく。新組織の規約についての主な対立点は、開かれた会員組織にするかどうか、組織のアカウンタビリティ、透明性をどう確保するかといった条項だった。一方、そうした規約よりも暫定役員にだれがどう選ばれるかの方が重要だとして、IANAとNSIにその候補者を推薦する動きも舞台裏で進行していった。アジアでも、当然それについての対応が図られている。
 9月17日、IANAとNSIから、両者が合意に達した規約案がインターネット上で発表された。IANAの第4案でもある。ただし、新組織を「会員組織」にするかどうかという最大の問題点については、両者は合意に至らず、会員組織とする方向を盛り込みながら、最終的には暫定役員会が決めるといういわば「棚上げ」措置で、時間切れを控え、暫定色の強い内容だった。

・全体を通しての問題点と教訓
インターネットの管理運用について、グローバルに、オープンですべての勢力を満足させる仕組みを、短期間で、民間主導で、非営利で、しかも各国政府・国際機関を満足させるような機能・体制のものをつくりあげるというのは、実際に関わってみるとわかるが、とんでもなく困難で無謀な試みだといえる。必要となった時間と資金も、非力な組織には重い負担となった。
 それでも、議論を重ねることを通して、大きな合意点(と対立点)が浮かびあがり、それに基づいた組織案が曲がりなりにもできたのは、多くの関係者の努力からだろう。しかし、いまはまだ問題解決の端緒についたところに過ぎない。インターネットの「ガバナンス」というテーマでいえば、ドメインネームとIPアドレスというのは、重要ではあるが、いくつもある問題点のごく一部といえる。電子商取引の普及には、セキュリティ、認証制度などの標準化とその運用での協調が不可欠だ。暗号問題も根深い問題だ。コンテンツ規制をめぐっての国際協調体制も要求されている。市場原理に委ねて、民間側だけで解決できるとは限らない。
かといって、これら分野別の問題が発生する都度、今回のIFWPのような臨時組織を立ち上げることは、きわめて非生産的だ。IFWPには、意思決定のルールがまったく制定されていないため、実務を優先させる利点はあったが、最終段階での混沌を制御できないという欠点も大きかった。
これまでのインターネットの発展を支えてきたコミュニティと、最近になって大きく拡大したインターネットの利用者、利害関係者、ビジネス関係者とでは、価値観、方法論がまったく異なる。政府の関心も強い。インターネットのガバナンス全体を担当する新しい国際組織を一気に設立することは、困難だし、有効でもないだろう。しかし、世界中に広がるインターネットの多様な関係者が日常的に意見を交換し、問題解決の土台となる相互理解を推進する土俵を共にしておくことは、重要だし、意義があるだろう。


このIFWPは、インターネットの運用に関する国際組織を形成するために、世界の民間団体が自発的に結集してできたものである。 ただし、米国政府の要請、欧州政府などの関心表明など、政府側からの政策表明を受けての動きであるという点で、民間側だけが独自に動いた組織ではない。この点は、今後のインターネットの国際協調活動の方向性を示唆するものとして、そのあり方は注目に値するだろう。



2 インターネットの国際協調活動・組織についての検討


[ 1節 ]  [ 2節 ]  [ 2章 ]  [ 目次 ]


IFWPの事例紹介を受けて、ドメインネーム問題を中心に、インターネットについての米国政府の政策形成をめぐる動向と、それを基にこのような国際間の問題解決について、モデルとなるような良い事例があるかどうか、あるべき組織などの方向性、その機能、課題、民間分野の役割と政府の関与の必要性・妥当性などを中心に議論が進められた。主な意見を以下に記す。


・ 現在の問題は、新組織の規約の細目よりも、だれが、iBoard(新組織の暫定役員会)を形成するかにある。

・ 米国政府が民間企業に任せようとしているのは歓迎する。我々は同じような問題にこれから直面するだろう。このダイナミックなプロセスでトライするのは良いことだ。当初考えられたのとは違う方向で進化しているが、それも良いことだろう。

・ 基本的には業界の自主規制(セルフ・レギュレーション)に委ねられる領域がある。通信、インターネットなど、技術基準の標準化などにその事例は多い。機器の試験機関を国際的に設立し、標準案の採用の義務化を推進することも多い。サービス分野でも、同じように、サービス提供者による自主的な取組で定められた技術標準がある。プロフェッショナルなサービス、つまり医療や法律などの分野では自主規制が大半である。

・ WTOの自由化交渉では「最小限の標準化」といってきたが、実際には必ずしも最小限とは限らない。非常に厳しい交渉だったが、終了すれば、多くの政府は立法化する。ただし、インターネットコミュニティの関心問題である秘匿性、セキュリティ、ポルノなどの文化コンテンツの問題については、WTO合意の多くは直接には適用できないだろう。WTOが、それぞれ別個の問題に一括した解決方法を与えるわけではない。

・ WTOでは、まず「原理」についての議論から始め、それが合意・確立されてから具体的な実現方法を検討した。しかし、インターネットのような新しい分野では、原理から始めて、トップダウンで議論するのは無理だろう。

・ 大国と小国との差異について認識・理解することも重要だ。

・ グローバルな汎用ドメインネームと国別のドメインネームでは別の形が開ける。これまでは、インターネットコミュニティが議論を起こしているが伝統的な事業者は、どちらかというと静観してきた。技術問題であれば、電話の番号問題と共通する問題が多い。

・ いわゆる「サブシディアリティ原理」つまり、可能な限り下位レベルでの決定に委ねるという方法論が有効ではないか。

・ 欧州では、これまで、このような問題が起きたときに、完全なハーモニゼーション、最小限のハーモニゼーション、相互認証という、3つのアプローチのいずれかをとることが多かったが、最近は、これらを組み合わせたアプローチをとっている。どんな単一のシステムも、すべてを解決することはできないからで、そのなかでも、ドメインネームはかなり特殊なケースだと考えられる。

・ これらの問題について、個々に適用できる原理はあるとしても、ある単一の原理がグローバルにすべての問題をカバーすることはありえない。

・ DNSについて、この件でユニークなのは、拒否権をもつ主体があったことだ。つまり米国政府である。

・ 最近、中国が、DVD標準を採用しないことにしたという。つまり、コンテンツベースを国内に絞って形成し、それによって国際コンソーシアムに使用料を払わなくてよいようにしたという。インターネットについては、まだそうしたフラグメンテーションは起きていない。原理、アプローチがなんであれ、ユニバーサルサービスがあれば、それがみんなを結びつける可能性がある。もし解決が早期に実現されなければ、フラグメンテーションが起きる危険は高い。DNSについて重要なのは、IANAとNSIの合意で、そうなれば他の組織は妥協に向けて動くだろう。DNS問題は早期に解決されるべきだ。インターネットにおけるユニバーサルサービスの維持にとってカギとなる要素だからだ。

・ 「.com」については、国際的に料金を徴収し、それをインターネットの普及を推進し、情報を持たない人々、いわゆる「インフォメーション・ハブノッツ」のために使われるようにすべきだ。

・ インターネットは社会的に多くの問題を抱え、ドメインネーム問題はそのひとつに過ぎない。他にも電子商取引、ポルノなど様々な問題がある。

・ ドメインネームについては、米国政府がどう決定しても、ヨーロッパ(EU)は競争ルールが適用されるかどうかをチェックする。

・ インターネットのリアリティをよく見るべきだ。インターネットについてはいろいろな「神話」があり、たとえば「ネットワークは分散されている」とよくいうが、マーケットでいえば、バックボーンは事実上6社が運用し、高度に集中している。ルートサーバーもNSI社が独占してきた。アクセスのマーケットも、ヨーロッパでは、電話会社に集中している。インターネットの市場についても、競争促進が実現しているかどうかを、電話の独占体に適用したのと同じルールで慎重に見分けなければならない。

・ ここまでは「.com」を中心に議論していると思うが、伝統的な電話などのユーティリティー規制を当てはめるという考え方と、何もしないというのとの二つの流れがあるが、インタベンショニスト・アプローチが機能するというのは、間違いだろう。市場が急速に変化し、技術も急速に変化している。とすると、政治的なプロセスは、本来悪いことが起きるのを防止するためにつくられるのであって、逆ではない。伝統的なガバナンスは、急激な変化のプロセスには適していない。

・ ドミナントなプレーヤーが支配すること自体について、テレコム分野での過去20年の経験でいえば、市場の力に任せたのは、その前の60年よりはずっとましだった。だが、だからといって市場が完全ということではない。市場が失敗することもある。米国も電話は100年間、市場にまかせても独占が続いた。競争ルールを設定することは絶対不可欠だ。参入障壁を取り除くルール、ボトルネック排除のルールが必要だ。

・ すべての国に、固有の社会的視点がある。どうすれば、市場とコンパティブルな社会ポリシーを実現するか? 米国では、「ユニバーサルサービス・ポリシー」とはそれ自体が独自のエクスプリシットな目標ではなく、競争ポリシーと完全に互換性をもつもので、市場構造に社会ポリシーをどう適合させるかの問題だ。

・ たとえば電話の番号管理システムについて、当初はAT&T単独のシステムで、事実上競争はなかった。それが、AT&Tの分割以後はベルコアに委ねられたが、実態は7社がコントロールし、社会的に信頼されなかった。そこで北米全体を管理するNANCI (North American Numbers Council)を作り、FCCは、ハンズオフ・アプローチをとった。インターネットのDNSにとってもこれがある程度モデルとなるのではないか。

・ アプリケーションの観点から見れば、これまでのIPアドレスやドメインネームシステムは必ずしも最善のシステムではない。コンセンサスは、技術問題にしか存在しない。通常のユーザーは、アプリケーションについて合意を形成しているわけではない。インターネットの研究者は、いつもハードワイヤー・コンビネーションを使っている。そこには「レイヤー・バイオレーションモデル」がある。TCP/IP、ATM、PVC、VPIなどのレイヤーの違う、それぞれ大きな分野がある。gTLDの問題も、レイヤーを意識して議論する必要がある。社会システムとしての問題としてであれば、真の社会問題として議論すべきだ。インターネット・ガバナンスとは、どこのレイヤー問題かを確認すべきだろう。

・ DNS問題は、最初からポリティカルレイヤーで議論され、技術レイヤーでは議論してこなかったのではないか。

・ 国際間調整システムには、以下のような方法上の明確な区分がある。1)自主規制、2)相互認証、3)インターナショナル・フルコーディネーションと。つまり、政府か非政府かという二分法では理解できない。縦軸でのレイヤーがある。インフラとアプリケーションを分けるのはわかるが、それだけでいいのか。この図式に「ユーザー」を入れるともっと複雑になる。

・ 政府の役割については、次の2つがあるだろう。1)最小限の基準の設定、2)紛争の解決。両者とも、非政府組織でも実は機能するが。

・ では、市場とはなにか、政府の機能とはなにか。その市場の適正なレベルとはなにか電話の場合には、独占市場に政府によって競争を導入した。規制する理由としては、経済政策、希少資源だからと様々にあった。電子取引の場合はもっと複雑になるだろう。

・ ドメインネームの問題でいわれている「セルフガバナンス」とは、歴史的にそう新しいことではない。すべての経済行為が自主統治されてきたといえる。必要なときに限って政府が介入してきた。ただし、インターネットの問題で難しいのは、グローバルに広がり、しかも技術の進化の速度がきわめて速いことだ。

・ 歴史的視点で流れを見ることには意味があるだろう。電話で自己統治が機能してきたのは、独占だったからだ。それがインターネットのような分野で、国際的に適用できるかは疑問だ。DNS問題でいえば、NSIが独占で登録業務を扱った目的は、本来いまのような市場パワーをもつことではなかったはずだ。しかし、もはやそうした時代の背景を遡っても意味がない。関与している主体の利害とは大きく異なる社会的利害が存在するようになったのだから。そこで外部からのガバナンスが必要となる。セルフガバナンスではなく、「スーパーオーディネット・ガバナンス」が必要だ。歴史的には政府がその機能を果たしてきた。

・ EUコミッションが、プライバシーに関する指令を出したとき、自主規制の実現はとても難しく、実際にその仕組みを作るのは非常に困難だった。世界中のCEOの感覚、責任と、政府のそれとの両者を満足させる必要があったからだ。

・ 政府は必要ならいつでも介入できる。政府がこの二項対立のギャップを埋めることができる。政府が、民間企業の正当な関与を促進することもできる。先週パリで、電子商取引の消費者保護についての大きな会議が開かれたが、そこで政府が、民間主導の自主規制を促進させることができると確認された。産業界の指導者と政府との間に意義ある対話が行われることが重要だ。

・ 企業を招くことが重要だというのは同意する。事実、G7についても民間企業を入れた。しかし、データ保護の問題についていえば、米国の企業は最近まで自主統治をしようとしなかった。

・ 市場構造、主体の相違についてだが、電気通信のバックボーンなどは、限られた数の主体しか存在しない。そういう分野特定で働く規制と一般的な分野での規制では形態が異なる。

・ 産業界の協力という点では、インターネットの場合には、いわゆる「インターネット・コミュニティ」が存在している。このコミュニティは、カルテルで動いているわけではない。

・ 電子商取引は、小企業、消費者との取引よりも、主として大企業同士の取引=「BtoB(ビジネス・ツー・ビジネス)」で発展するだろう。おそらく、そう区分するのには理由があるだろう。電子商取引は実際に離陸しようとしている。ここ数年でおおきく拡大すると考えられる。企業の購買、サプライなどの面で。その場合、企業は基本競争政策に依存し、政府が詳細には関与しない、とすることを一般的原理とすればうまくいくという仮説をもっている。ただし、消費者や小企業については、別の次元で政府の関与が必要だ。

・ 消費者保護については、通信や電子商取引とは切り離すべき、無関係の問題ではないか。どんな場合にも政府は消費者を保護すべきだ。米国のFCCには、消費者から年間数万もの苦情が寄せられる。先週、通信事業者に対して、提供するサービス内容を変更するときは、消費者に対して必ずその変更内容を明示することを義務付ける法案を出した。消費者保護を、どこまで産業分野別に特化させるべきかが問題だ。

・ コンテンツ問題でいえば、あるコンテンツが合法か非合法かについて全世界統一の基準はないし、簡単に標準化することもできない。消費者保護については、伝統的な方法が存在している、国際的な合意もある。プライバシーについては、まったく新しい領域といえ、視点は国や社会によってみんな異なっているし、センシティビティも異なる。





[ 1節 ]  [ 2節 ]  [ 2章 ]  [ 目次 ]  [ ホームへ ]


Copyright(C) 1998 アジアネットワーク研究所