3 インドネシアの電気通信事情
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インドネシアの電気通信事情全般について、NTTジャカルタ支店より提供された資料を元に、インターネットとの関連を含めてまとめてみた。
1)民営化と競争の導入
インドネシアの電気通信は、観光郵電省の監督の下に、国内通信は、1991年、それまでの電気通信公社が民営化されてできたテレコム・インドネシア社(PT.TELEKOM UNIKASI INDONESIA = PT. TELKOM)が独占している。この独占状態は、政府により、市内通話は2010年まで、国内長距離通話は2005年まで継続されることが認められている。
一方国際通信は、インドサット社(PT. INDOSAT)が独占を続けてきたが、1993年1月に競争導入を主目的として、民間事業者(スハルト大統領の次男バンバン氏 - Bambang Trihatmodjo - が所有するビマンタラ・グループ企業)とテレコム・インドネシアおよびインドサット社が共同出資して設立されたサテルインド(PT. SATELINDO)が参入し、これによりインドネシアの国際電気通信事業は複占となった。この複占体制は政府により2004年まで認められている。
1989年4月、新電気通信法が制定され、一定の範囲内で民間資本の電気通信事業への参画が認められるようになった。これは、電話普及率の大幅引き上げを含めて国家の通信インフラ開発に民間企業を巻き込むという新しい試みを実行するためで、大規模な「売上共有型契約」を採用し、高度の技術力および資本力が要求される国内の通信回線整備事業に、内外の民間企業の技術力と資金を導入する方策であった。
この結果、テレコム、インドサットと民間企業が合弁(Joint Venture)、事業協力(Operation cooperation)、管理契約(Management contract)の3つのいずれかの方式で電気通信事業に参画し、基本サービス(電話、電報、テレックス、ファクシミリ、移動電話、回線貸し等)を提供することが可能となった。この3つの協力形態の決定は観光郵電大臣が行う。
この改革に基づき、主要都市部の電話回線整備プロジェクトを中心に民間企業の参加が始まっている。これらの企業は発信電話の収入の70%を確保することができ、残りはテレコムのものとなる。
非基本サービスについては、他の企業でも提供できることになり、ポケットベルサービスは約50社(1996年末)もの民間企業により運営されている。さらにデータ通信サービス等も、テレコムおよびインドサット社の回線を使用するという条件で、民間企業がサービスを提供できることとなった。しかし、インターネットをはじめ、ケーブルテレビやマルチメディアサービス等が基本サービス又は非基本サービスのどちらに該当するかは、まだ明確化されていない。
2)テレコム(PT. TELKOM)
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国内通信事業のうち、電話等の基本電気通信サービスは、前述したように、テレコムが一元的に運営している。
同社は1991年9月に電気通信公社(PERUMTEL)が民営化されて成立した会社である。政府は対外債務削減のために、1995年11月に政府持ち株の19%を、続いて1996年12月に4.15%を株式市場に売却している。同社の株式はインドネシアの株式市場の他、ニューヨークおよびロンドン株式市場にも上場されている。テレコムは本社をバンドンに置き、全国を7つの地域に分け運営・管理している。
第6次5ヵ年開発計画のKSOプロジェクトにより、テレコムは、第一に人口密度が高く営業効率の高いジャカルタ地域と東ジャワ地域に特化できるようになった。第二に、他の5地域については自らの投資負担を回避しながら売上共有分式により収益を確保でき、第三に中期的に外国通信キャリアから技術移転(人材育成を含む)を受けられるメリットが生じた。
ネットワークサービスとして、テレコムはテレコムネットとエレクトロニック・メガモールを運営している。また、下記の様なビジネスアプリケーションも提供していると発表されている。
・テレバンキング(TeleBanking)
・メディカル・イメージング(Medical Imaging)
・テレワーキング(TeleWorking / TeleCommuting)
・ジョイント・エディティング(Joint Editing)
・ビデオ会議(Video Confrence)
・遠隔教育(Tele-Education)
・企業向マルチメディア(Multimedia for Corporate)
・マルチメディア・マーケティング(Multimedia Markeing)
・マルチメディア図書館・雑誌(Multimedia Library and Mgazinews)
・マルチメディアEDI(Multimedia Electronic Data Interchange)
・ビデオメール(Video Mail)
・マルチメディア専門家システム(Multimedia-based Expert System)
3)インドサット
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インドサットはインテルサットが稼働を開始した1967年に、インドネシア政府と米国ITT社の合弁企業として設立された会社である。1969年から同社は商業活動を始め、252ヵ国と結ぶインドネシア随一の国際通信会社となった。インドサットはインドネシア政府より、その後20年間にわたるインドネシアでのインテルサット地上局の設立・移管・運営を任命された。
1980年にはインドネシア政府がITT社の持ち分を買い戻し、100%の国営企業となり、インドサットは、国有の有限責任会社(state owned limited liability corporation)となった。収益率が高かった同社は、1994年10月にはジャカルタとニューヨークの株式市場に上場し、民営化が行われた。
なお、1982年にPERUMTEL(テレコムの前身)は国内通信と国際通信を効果的に分割するために、ジャカルタにあった全ての国際地下ケーブル、国際オペレーター、ゲートウェイの権利をインドサットに譲渡し、インドサットは逆にPERUMTELに国内通信分野の資産を受け渡した。
インドサットは国際通信サービスの設備として、メダン、バタム、ジャカルタ、スラバヤの4ヵ所にゲートウェイおよびインテルサットの地上局を設置し、メダンとジャカルタには海底ケーブル局を設置している。同社は国際通信サービスの提供に加えて、以下の3点を戦略方針としている。
・国内の電気通信基盤整備事業への参画
・国内および国際マーケットへの進出
・電気通信関連事業に重点を置きつつ、事業の限定的多角化を進める
この3点を背景として、中部ジャワ地域KSO(MGTI社)、セルラー(GSM)2社、PRIMASTEL社(PHS)、MULTIMEDIA NUSANTARA社(マルチメディア事業)、アステル日本、杉並ケーブルテレビ等への出資を行っている。
4)サテルインド(PT. SATELINDO)
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サテルインド社(PT. SATELIT PALAPA INDONESIA = SATELINDO)は、1993年に国有会社であったテレコムとインドサット、そして「private national company」であるPT. BIMAGRAHA TELEKOMINDOによる合弁会社であった。
1995年4月3日、ドイツのDEUTSCHE TELEKOMの小会社である DE TE MOBILが新たに同社の25%の株式を購入した。これによってサテルインド社はPENANAMAN MODAL ASING(PMA)の国際的な合弁会社となった。
サテルインド社は、1994年4月より携帯電話事業(GSM)を5つのフェーズに分けて開始している。また、1994年8月には、AT& T、US SPRINT(USA)、オプタス、テレストラ(いずれもオーストラリア)、KDD、シンガポール・テレコムなどの国際的な通信会社と提携し、グローバル・テレコミュニケーション・サービスを開始している。さらに1992年からは、パラパB1衛星を買い受け、廉価な価格で利用している。
サテルインド社の資本構成

Total : $ 625,000,000-(US)
5)パラパ衛星システム
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東南アジア地域における衛星利用の先駆者はインドネシアである。インドネシアが14,000を超える大小多数の島々からなっているという地理的条件は、同国の通信ネットワークの構築にとって大変困難な条件である。
このハンディキャップが、インドネシアをかなり早い時期から衛星通信を最大限に活用する方策をとらせることになった。すなわち、インテルサットが稼働開始した翌々年の1969年には早くも初の衛星地上局がジャカルタ近郊のジャティ・ルフールに建設された。また1976年には、他のアセアン諸国に先駆けて、独自の通信衛星システムであるパラパ衛星システムが開発され、以来衛星を利用した通信システムが、国際・国内通信の両面で重要な役割を果たしつつ成長してきた。
なおこのパラパ衛星システムは、国内での使用以外に、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、オーストラリア等の近隣諸国にもリースされている。なお現在では第3世代の衛星システムであるC-1衛星を打ち上げる計画も準備段階に入っている。
6)海底ケーブル網
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SEA-WE-ME-2
インドネシアは1994年秋に運用が開始されたSEA-ME-WE-2と呼ばれる世界最長、全長18,190kmの海底光ケーブルの恩恵にあずかっている。SEA-ME-WEは東南アジア(SEA : South East Asiia)、中近東(ME : Middle Easst)と西ヨーロッパ(WE : West Europe)を結ぶことから名付けられている。
これはシンガポールを起点に、インドネシア(ジャワ島)、スリランカ、インド、ジブチ、サウジアラビア、トルコ、キプロス、エジプト、チュニジア、アルジェリア、イタリアの各国を結び、最後はフランスのマルセイユに到達する。
この地域にはすでに1986年に開通したSEA-ME-WE-1があるが、こちらはアナログ式で、容量も電話回線で7,500回線分相当に過ぎないのに対して、SEA-ME-WE-2は完全デジタル式、容量も一桁多い6万回線を持つ。その敷設に要した投資額は7億US$ といわれ、ケーブルの陸揚げ国13カ国から合計60組織が投資を行った。
太平洋及び大西洋にはすでに何本かの光海底ケーブルが稼働しているが、この SEA-ME-WE-2の開通によって、インド洋の沿岸地域に初めてケーブルによるデジタル通信の道が開かれたことに加え、地球を一周する光ケーブル網が完成したことの意味は大きい。
次世代の回線整備計画
日米間及び米欧間では5ギガ・ビットの海底ケーブルが、95年から96年にかけて相次いで完成した。アジア太平洋地域についても二つの計画が具体化されつつある。
一方はSEA-ME-WE-3と呼ばれる、アジア・欧州を結ぶ5ギガ・ビットの光海底ケーブルで、シンガポール・テレコムとフランス・テレコムが中核となり1998年の開通を目指して推進されている。
もう一方はAPCNと呼ばれるアジア太平洋地域を結ぶ光海底ケーブル計画で、国際電信電話(KDD)、シンガポール・テレコム、韓国通信会社(KT)などアジアの通信会社9社が、1993年6月に敷設計画を推進することで合意した。これは日本、韓国、台湾、香港、フィリピン、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアの9地域を、5ギガ・ビットの高速回線で結ぶという計画である。この計画には、その後オーストラリアの通信会社2社(テルストラ、オプタス)も加わり、インドネシアと豪州を結ぶ海底ケーブルの敷設も合意された。
こうして、世界最大の多島国家であるインドネシアは、通信インフラの構築にあたって、衛星通信の活用を中心に進めてきたが、インターネットを中心とするデータ通信の加速度的な増大を予期して、衛星に加えて海底ケーブルの増設にも相当の力を入れようとしつつある。これについては、5章で紹介する「ヌサンタラ-21」の推進計画により明確に現れている。