第6章 MSCの課題
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1 本当に成功するのか
MSCのビジョンについては、高い評価が与えられているが、それでは一体そのビジョンが本当に実現できるのか、MSCがプロジェクトとして本当に成功するのかという点について、とくに海外から、冷静に見た上で、根強い疑問の声が存在している。とりわけ、97年後半にアジアを襲った経済危機は、マレーシアも例外ではなく、通貨リンギットと株価の急落の打撃を受け、対ドル経常赤字を減らすための政府予算の削減、6つの政府関連大型プロジェクトの延期といった緊急対策は、MSCの前途にも不安を投げかけるものとなった。
しかし、MSCの成否をはかるにあたっては、長期と短期で、2つの異なる基準に分けて判定すべきだろう。2020年という四半世紀先の結果がどうなるかについて、いまの時点で結論を出すことは、あまり意味がないともいえる。同時に、ここ数年の短期的な課題を乗りきれなければ、長期の展望は開けてこないことも事実だ。
1) 長期の基準での成否
MSCは、長期的には、マハティール首相が提唱する「ビジョン2020」の実現にどれだけ貢献できるか、即ち、マレーシア社会に情報技術を広く普及させ、それを原動力として、経済・生活の面で先進国の水準に追いつき、社会・文化の面でいわゆる情報社会を実現するという基本目標がどこまで達成できるかが問われている。
・ビジョン2020 ― 2020年には所得を4倍に?
一方では、2020年までに先進国入りを実現するという国家目標そのものが無理な想定であるとして、その実現を危ぶむ声も強い。マハティール首相は、97年9月の「国家ITキャンペーン」というスピーチのなかで、MSCを含むITを強力に推進することによって、2020年には一人あたりの国民所得で、現在の4倍の水準が実現可能となると言明している。マレーシアの現在の一人あたり国民所得は約4000ドルで、4倍になっても1万6千ドルと、まだ日本などの先進国の半分以下でしかない。とくに昨今の通貨安によって、リンギットの価値が米ドルに対して50%近くも下落しており、このままでいけば数字はさらに下がる可能性が強い。
かつて日本では、池田首相が「所得倍増論」を唱え、奇跡的な高度成長によってそれが実現できたが、マレーシアでのこの目標は、けっして容易に達成できる数字ではない。
これを実現するためには、今後20年間、平均で年率9.6%以上という経済成長率を維持していかなければならない。マレーシアは過去8年間、連続して年率8%以上の成長率を実現してきた実績があるだけに、マハティール首相は「もう一頑張りすれば不可能ではない」と、強気の姿勢を崩していない。
しかし、97年7月に発したアジア全域の経済危機を境に、今後少なくとも数年は、成長率が実質5%以下にスローダウンすることは必至との見方が広がり、このままのペースで行けば、20年で4倍という目標の達成は不可能に近いとみられる。
・ビジョン2020の実現手段としてのMSC
「ビジョン2020」とは、実際の実現時期まで政権を担当していることはありえない現政権が、高い理想を示すことによって、国民全体のエネルギーの集中を狙った、優れて政治的な構想であると解釈すべきだろう。MSCも、ビジョン2020を絵空事にしないための、強力なキャンペーン手段であり、「国是」といってもよい政治的性格をもっている。
現に少数野党である民主行動党(Democratic Action Party = DAP)の指導者、リム・キッサン書記長も、MSCや情報化の理念そのものについては基本的に支持を表明し、その下での実現手法、方法論について、「情報リッチと情報プア」の格差の拡大をもたらさないことなど、条件付きで異論を述べているにすぎない(Lim Kit Siang "ITA for ALL" April, 1997)。与党UMNO内でも、イスラム保守派の間には西欧技術・文化に支配されることへの警戒も根強く存在していると見られるが、マハティール首相は、イスラム諸国こそマルチメディア技術による文化の創造・発信に積極的に取り組むべきであり、それによって西欧諸国の支配に対抗できると説くことで、巧みに反対論を封じ込めてきている。
と同時に、今後の20余年という長期スパン、それも急激な技術革新がさらに連続的に起きる激動の時代の到来を考えると、何がどう展開するのかは、単純に現状を延長する思考枠組みではけっして把握できるものではないだろう。
たとえば、インターネットいえば、ここ10年間、年率にすれば100%以上の成長率が連続してきた。インターネットの技術とサービスでいう1年は通常の7年分にも相当するという、いわゆる「ドッグイヤー」論を援用すれば、20年で4倍という成長率は、低すぎる心配こそあれ、達成不可能という危惧は無用ともいえる。この、いま出現しつつある新種の「情報経済」について、従来の経済学的な尺度で計ることは必ずしも適切とはいえないだろう。したがって、MSCの長期的な成否について検討するのであれば、何よりそれを測る尺度自身も、新しい根拠をもったものが求められている。
2) 短期の基準での成否
・大胆な実験と適切なフィードバックが重要
情報社会の具体的な形態が明確になっていない現段階では、MSCの成否を測る短期的な基準としては、当面考えられる限りの実験を大胆に行ない、社会的な課題を検証し、その結果をどこまで適切に次の段階へとフィードバックできるかに置くべきと考えられる。長期の目標を達成するためにも、短期でまず「足場固め」をすることが重要なのである。
もちろん、実験がすべて順調に推移し、誤りなく計画が実現できればそれに越したことはないが、その保証はどこにもない。この点、マハティール首相みずから、「MSCとは、マレーシアが国をあげて取り組む新技術の社会実験の場であり、その意味で世界に対する贈り物(ギフト)だ」と述べているのは見逃せない。MSCの性格が社会実験にあるとすれば、その最大の意義=成果は、単なる「成功」である以上に、たとえ現象的には失敗だったとしても、より大きな範囲の成功を導くための意義ある教訓が抽出できることにおかれなければならない。
MSC地域、とくにサイバージャヤとプトラジャヤは、基本的には「グリーンフィールド」、いまは広大なヤシ林、ゴム林が広がる農地で、ここに新しい都市を文字通りゼロから作るのである。行政機能、オフィス機能、住宅機能と、都市機能のすべての要素を包含し、都市計画の初期段階から「情報化」を中核に据え、しかもこれだけの規模で政府が先頭に立って実験しようというプロジェクトは、世界でも初めてであり、かつ現時点では依然として唯一の試みである。
自然、直接範とすべき前例は、世界的にもほとんど見あたらない。「サイバー法」にしても、個々の法案には、コンピューター犯罪法のように先例となる他国の事例を参考にしたものもあるが、ディジタル署名法やマルチメディア融合法などのように、そのような前例がまったく存在しないものも多い。
それだけに「試行錯誤」は避けられない。むしろ、できるだけ柔軟な枠組みをつくり、積極的に試行錯誤を伴う挑戦を行ない、その結果を広く共有することを通して、相対的には短期で、かつ凝縮した形で得られるような社会的仕組の実現こそが、MSCに求められるものである。
こうした実験枠組みがどこまで実現できるかに、少なくとも短期的な意味でのMSCの成功はかかっているといえるだろう。
その上で、この短期の「実験」の成果をどこまでポジティブにフィードバックできるか、それによって長期目標そのものも大胆に手直しを図ることに成否がかかっているといえる。
2 MSC実現にあたっての当面の問題点
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上記のような視点から、短期の課題、当面の問題点を中心に分析してみよう。
現在のMSCは、プロジェクトの第一期であるコンセプトの検討・策定から、その公表、広報・宣伝という時期はほぼ通り過ぎ、実際の企業誘致の実現と、インフラ構築と環境整備、各種制度の実現という第二段階に入ったところといえる。
MSCの中核を成す情報技術集積都市、サイバージャヤは、97年5月に土地の造成工事が開始され、現在急ピッチで進められている。97年末から98年にかけて、一部企業の仮事務所での進出が始まっている。通信インフラの基本形態・技術・設備・サービスメニュー、そして料金を決定すべき時期も近づいている。先行していたプトラジャヤは、98年夏から首相官邸の移転を先頭に省庁が順次移動を開始し、都市機能が始動しようとしている。
MSCステータスを申請した企業は、97年12月現在で200社に近づき、うち94社がすでに認定を受けている。これらの企業の多くは、5年間のビジネスプランを提出し、MSC地域内での具体的な事業計画・人員計画の策定、資金調達、土地の取得交渉、オフィスの選定・検討の詰めなどの実務入ろうとしている。
こうして、計画から実行段階へとフェーズが遷移するにつれて、従来は顕在化していなかった具体的な課題が浮上してくるのは自然の流れといえよう。それに、最近の経済情勢の急変が拍車をかけている。
1) 資金と経済状況
・基本はあくまで「民活」
MSCは、全体的には民間企業による投資が大半を占める、民活型のプロジェクトである。本報告書第2章で紹介したように、MSCの予算は、新空港建設を含め、総額で概算50億リンギット(1兆7500億円)と目されるが、うち政府が直接支出するのは、MDCの運営費用(最初の5年間)、フラグシップ・アプリケーションの一部費用などに限られ、せいぜい2千〜3千億円程度と見られる。
土地、道路、通信などのインフラ施設とフラグシップ・アプリケーションの費用で、政府が公共事業的に支出する予算額はごく限られ、大半は民間企業をコンソーシアムに組織し、彼らの資金負担によって技術開発・構築・運用する、BOO(ビルド・オペレート・オウン)という事業方式で進められる予定だ。
プトラジャヤの場合は、事業推進の中核会社をコンソーシアム形式で設立し、それを構成する主要5社が、それぞれこの中核会社との合弁による開発会社を計5社設立し、ほとんどの開発はこれらの民間資本により実現される仕組みとなっている。
政府省庁の移転でも、土地や道路などの開発造成事業は民間資本が行い、政府に対して、土地、建物、公務員住宅などを、基本的にはリース契約で提供するのである。行政都市といっても、政府用地として直接利用されるのは総面積の約40%で、残りの60%の土地は、一般企業のオフィス用地および一般住宅地として開発・販売し、その収益によって全体の資金調達を図るプロジェクト・ファイナンス方式である。
政府と民間開発会社との間のリース契約の具体的な条件、つまりリース期間やリース率などは、現時点ではまだ発表されていない。民間企業側は、開発期間中のキャッシュフローをすべてまかなうためには、相当の体力が必要とされる。
サイバージャヤにおいても、ほぼ同様な方式で開発が進められるものと見られる。ただし、サイバージャヤでは、開発会社は一社で集中的に推進される。
政府が推進する7つのフラグシップ・アプリケーションでは、すでに述べたように、ファイナンスの方式そのものが入札提案の構成要件とされている。民間企業が自前で事業計画を立て、実施責任を受け持ち、収益を上げることが求められるのである。
行政自身が主たる利用者となる電子政府も同様の構造で、政府およびサービスの受益者である国民が、提供企業に対して使った利用料金を個別に支払うという仕組である。日本流の「親方日の丸」的な意識はほとんどない。受注企業に事業権益を保証する代わりに、経営構造、採算は自前でまかなえという考えである。
・当面の減速は避けられない
この方式が、果たして経営的に成り立つものか、民間資本によるプロジェクト・ファイナンスが体力的にもちこたえられるかどうかは、容易に判断し難い。とくに、昨今の通貨危機に端を発し、民間部門の経済成長率の大幅な減速が予想され、株式市場が急落し、金融機関の不良債権の処理が危ぶまれるようになった現在、MSCに参画して資本を投下できる民間企業の体力がどこまであるか、それ次第では、実際の投資の規模、速度などに負の影響が出ることは避けられないといえる。
問題は、それがどの程度になるのかである。少なくとも政府は、MSCを中心に、情報技術分野の経済における優先度は高く保持する方針を堅持している。98年度予算についても、同様の姿勢である。民間分野の不況感は深まっているが、情報技術分野では、成長率の鈍化は避けられないものの、それでも98年で10%から20%の成長は可能で、99年以降はふたたび急成長が可能だという強気の見方も珍しくない。
少なくとも97年末までの時点では、土地・都市開発の面で、いまのところ大きな影響は出ていないといえる。サイバージャヤは、主に利用される「フラグシップ・ゾーン」の総面積が2800haあるが、そのうちの1期工事分の1346haについては、すでに予約希望で申し込まれた面積が実際の面積を上回っているという。これは、申し込んだ大半の企業が、短期的なリターンより長期視点での収益を見ているからと考えられる。そういう意味で、現状は体力的に相当ゆとりのある企業のみが立地できるともいえる。
もっとも、これはあくまで「予約・希望」ベースであって、最終的な価格を含めて正式な契約に至っているわけではない。また、これらの土地の申込企業のなかには、開発利益を狙うデベロッパーも相当数含まれている。彼らは、自らがMSCに直接参加して研究開発などの事業を行なうというより、他社が使うための土地の造成やビルなどの建物提供、あるいはホテルやショッピングセンターなどの商業施設や住宅用にとりあえず用地を確保し、他社の進出状態を確認した上で本格開発にかかるはずである。
それだけ、今後の状況によっては「解約」が出ることも十分考えられる状態である。マイクロソフトも、依然正式の進出計画は発表していない。彼らに代表されるハイテク産業、コンピューター産業は、市場状況の変化にはきわめて迅速に対応することが生命であるだけに、今後の情勢によってはいつでも計画を変更し、解約に踏み切る可能性があるといえる。
事実、日本企業のなかでも、一定の面積の土地を申し込んだものの、少なくとも当面はそれだけの広さは必要ないために、他の企業に「共有」を呼びかけているところもあるという。
また、MSCの戦略上立地が求められている高い技術をもった先端的な企業のなかには、土地を購入するような体力や経営方針をもたない小規模企業も多い。こうした企業に対しては貸ビルも提供される予定だが、詳細は未定である。人材の集積をはじめ、ベンチャー企業が求める魅力的な仕組みをどう提供するかが問われている。
・通貨安は外資の投資には有利
現在の米ドルに対するリンギ安は、外資企業にとっては進出コストの低下を意味する。国内市場を始めとするアジア市場の冷え込みも、欧米市場を主要な対象とする輸出志向の企業活動であれば、大きなマイナス要因にはならないとも考えられる。労働力市場の面でも、経済が過熱した一時期には、賃金の上昇に生産性の向上が追いつかず、熟練労働者の不足からジョブ・ホッピングに悩まされたのが、景気の減速によって、雇用の安定を求める心理が働き、多少は楽になるとの見方もできる。
2) 人材の供給不足
MSCに限らず、一般にマレーシアを対象に、情報技術関連の事業投資を行なう際にもっとも懸念される問題点が、技術者を中心とする人材がどれだけ供給されるかという点である。
・大学卒業生は毎年わずか2万人
この点については、マクロに言えば、楽観的な答えを出すことは難しい。
マレーシアでは、1995年までは、大学は国立大学しか存在せず、それも全国で計10校と数が限られてきたため、大学卒業生の絶対数が不足している。工科大学を含む10の大学の学生数は、総計で10万人、一学年あたりにすれば2万5千名弱しかいない。全人口2000万人に対して、毎年2万人余りしか輩出されないのだから、社会的ニーズに対して絶対数は圧倒的に少ない。
因みに、日本は人口1億2千万人に対して、大学の数は国公立と私立を合計すると560校、学生数は総計263万人余り存在している。人口比でいえば、日本は大学生が人口の2.8%であるのに対して、マレーシアは0.5%と、5分の1以下である。
【表6-1】マレーシアと日本の大学教育

大学進学競争でも、ブミプトラ政策のために、マレー系の人々は優先的に入学できるため、他のアジア諸国とは異なり、勉学の努力をさほどしない傾向があると指摘される。また中国系。インド系など、非マレー系の若者は、対等での競争が保証されていないために、優秀な学生は海外留学してしまうことが多い。
数少ない学卒者は政府や大企業などのエリートとしての座が約束され、完全な売り手市場といえる。
専門学校を含めても、技術系の人材を確保することは容易ではない。最近ようやく私立大学の設立が始まり、工科系の専門学校などもMSCの進展につれて増設される傾向にあるため、徐々には供給も増加することが見込まれる。
これらの問題点については、政府も認識はしており、教育省を中心に「マーケット志向を強める」とのコンセプトの下で、1995年から6つの関連法案の新規制定あるいは修正が行なわれ、高等教育の抜本改革が着手されている。
事実、96年から97年にかけて、私立大学の設立が始まり、事実上の国営企業である電力会社(テナガ・ナショナル)、電話会社(テレコム・マレーシア)、石油会社(ペトロナス)の大企業3社が母体となって経営する大学が開設されている。従来の国立大学も、「民営化」が推進され、教育内容も、よりビジネス志向、実務志向が強められ、情報技術(IT)も積極的に取り入れられている。
それでも関係者の間には、教育省の体質がまだまだ保守的であるとの批判も強い。
・教育機関にもMSCステータス、バーチャル大学も
MSCでも、必要とされる知識労働者の不足を解消するために、教育機関の役割は重要性は十分強調されている。その一環として、MSC内に設置される教育機関についてのインセンティブ施策を盛り込んだ、新しいガイドラインが、97年12月に政府によって導入・発表された。これによると、MSCに関連する教育機関は、立地地区によって3つのカテゴリーに分けられ、それぞれMSCステータスを受ける企業と同様に、税制の免減や外国人雇用の自由化などの優遇措置が適用されるようになる。
MDCの予測では、MSCに立地する企業が向こう5年間で必要とする知識労働者は2万2千人に達するとし、これに対応するためには、情報技術関連の学位取得者を年間8千人育成する必要があるという。このため、既存の教育機関および、海外の教育機関に対して、企業向けと同等の優遇制度を用意してMSCへの参加を積極的に呼びかけ始めたものである。
また、97年12月には、学生が通うキャンパスをまったくもたない「バーチャル大学」である、ユニバーシティ・トゥン・アブドゥル・ラザック(UNITAR)の設立も発表された。これは、MSC地域内の本部をもち、インターネットやCD-ROMなどを通してコースを受講して学位を得られるというもので、KUBマレーシア社が子会社を通して98年9月に開校を予定しているものだ。
初年度は300名の学生を受け入れると発表され、本格的な学位コースは99年から開始される予定だ。同社では、向こう5年間に4000万リンギット(14億円)を投資し、全国12カ所に学習センターを設置する予定という。
これらの試みによって、人材不足への対応策は推進されるが、果たして必要な人材が短期間で育成できるかどうか、MSCの成功への大きな試金石といえる。
・日本型システムへの同化は難しい?
マレーシアにすでに進出している日本企業の間で、本音のレベルでは、「人材のレベルが低い」「優秀な人材が少ない」という批判も強いことは否定できない。日本型経営システムにアジアの人材がそのまま適合=同化することを期待するあまり、そうできないことへの批判が露呈されるのだろう。
しかし、これはアジア各地に共通する傾向だが、相対的に数が少ない地元の優秀な人材は、少なくとも長期にわたって日系企業に入って仕事をしようという意識は高くない。日系企業では、経営の中枢は日本の本社で、あるいは本社から派遣されている駐在員役員によって閉鎖的に固められ、主要な決定は、日本人幹部と日本の本社役員とで下される。現地社員はよほどの例外でない限り、どれだけ業績を上げたとしてもせいぜい、現地法人のトップまでで、経営中枢に登用され、本社の役員に昇進するという可能性はない。
これでは、各種の規定が明文化され、人種・民族にかかわらず、個人の努力と成果が正当に評価される可能性の高い欧米系の企業や、あるいは反対に個人的縁故がモノをいう現地企業で働いた方が、経営幹部に昇進する可能性は高いという見方も強い。
日本企業のいわゆるローカライゼーションのペースは欧米系と比べるとかなり遅く、たとえばマレーシアの松下グループは、合計すればマレーシアのGDPの5%近い生産高を上げているが、設立30年が経過してもまだトップは日本人で、ようやく2000年に現地人トップを出すというペースである。一方ヒューレット・パッカード(HP)社は、すでにトップにマレーシア人が昇進しているという。それでも20年かかっているのであって、欧米企業であってもローカライゼーションという点で地元の人々から十分評価されているとは言い切れないのである。
マレーシア在住の日本企業の多くでは、「駐在員コミュニティ」ができ上がり、ローカル社員と明確な壁ができていることは事実として否定できない。日本企業でも、人種・民族にかかわらず、オープンな経営環境を整備し、努力が正当に評価され、グローバルな感覚で通用する人材管理・育成をさらに強化することが、優秀な人材を確保するための第一歩であろう。
3) 通信インフラ ― インターネットとATMと
MSCを特徴づける要素は複数あるが、なかでも、MSCの看板そのものである「マルチメディア」を実体的に支える最大の構成要件が、世界最高水準の通信インフラを低料金で利用できるようになることだというのは、だれしも否定できないだろう。
ところが、現在までに伝わってきた情報を分析する限りでは、MSC地区に実現される通信インフラの技術およびサービスの内容は、率直にいってかなり懸念される状況であるといわざるを得ない。
問題は、大別すると、次の3点に分けられる。
1)基幹をなすバックボーン回線を構成する技術方式、ネットワーク構造
2)個別ユーザーとバックボーンとの間を結ぶ「アクセス回線」の方式・
構造として、どの技術を基本に採用するのか
3)これらの全体を通してのネットワークの管理・運用をだれがどのような形で
行なうのか
これらの3点は、相互に密接な関係をもち、究極的には、ネットワークの利用者が、何を何のためにどの位使うのか、地理的にはどのような密度で展開し、どことどこの間をどの位の量・頻度で、どの程度利用するかという、利用動向と需要分布をどう想定するかに左右される。
この想定は、MSCに限らず、世界中のだれにもまだ見えていないところが悩ましい点だ。見えないなかで先行して技術を選択することのリスクは小さくない。その点、MSCのように、いわばまったく新しい「更地」に新しい都市機能をフルセットで計画的に整備し、対象地域を限定することで投資規模を抑え、複雑な要因でも計量可能な環境で実験できるのは、この見えない問題への答えを探るのには絶好の機会となるはずである。
・通信インフラはTMが独占構築・運用
ところが、そうした方法論に裏打ちされた実験が推進されるかというと、必ずしもそうではない。
第一の問題は、MSC地区に整備される通信インフラが、テレコム・マレーシア(TM)一社で独占的に構築・運用されるとことである。しかもこのことは、MSC計画の概要が公表される直前の、96年6月という早い時期に決定・公表されたのである。これはNTTなどの外国企業の参入により既得権が脅かされることを警戒したTMが、早い段階で政治的な行動に出た結果とも解釈できる。
しかし、見えない問題への解決を探る実験という観点でいえば、参加主体はできるだけ数多くの、技術的にも異なる特徴をもった主体によって構成され、開かれた構造で実験する方が、より確度の高い解決が発見される可能性が高まるはずだ。MSCは本来そうした可能性を世界に提供するところに、その意義があったはずでもある。インフラの構築を国内電話会社が独占的に推進するのでは、オープンな実験が行なわれる可能性はきわめて低くなる。
この点について、筆者はレオ・モギー エネルギー・通信・郵便大臣と単独で会見した席上で、その理由を尋ねた。同大臣は、
「MSC地区でのTMの独占は、狭い地域のインフラを何社もが別々に投資する非効率を避けるために選んだもので、あくまでケーブルからATM交換機までのインフラレベルでの構築と運用とに限られる。ATM交換機より上位レイヤーのサービスについては、オープンな競争を導入する」と答えた。しかし、よりオープンな実験環境が必要ではないかという筆者の指摘については、明確とはいえないが、同意の姿勢をみせていた。
現在、マレーシアの通信事業については、エネルギー・通信・郵便省傘下の電気通信庁(ジャバタン・テレコム)で異なる事業者間の相互接続ルールが策定中であり、そのルールのあり方と実際の運用によっては、ある程度の競争的な環境がもたらされる可能性もないことはない。ただし、これは当面は携帯電話が主で、一般の電話に適用されるわけではない。
しかも、マレーシアでは、複数企業による「競争構造」が一見成立しているようでいて、実際には価格統制・談合などによって、事実上の寡占あるいは独占構造が貫徹している事例が多い。電力、ガソリンなどがその例である。
通信分野では、携帯電話の免許を多くの会社に与え過ぎたために乱立状態となり、過当競争が続き、サービス品質が劣るという結果をもたらしたとの反省がある。
政府も「管理下の競争(マネージド・コンペティション)」という表現を好んで使用する。日本でいえば、1985年のNTTの「民営化」後、通信事業の「自由化」の推進と称して、郵政省によるミクロ次元での細かい管理・規制が実施され、かえって健全な競争の発展が阻害されたのと類似の状況といえよう。
インターネットに関しては、詳しくは後述するが、97年夏頃には、3社目のプロバイダーの認可が間近いとの見方も流れたが、結局これは実現しなかった。MIMOSおよびTMの双方が強く抵抗したためとみられる。
こうしたオープンな競争を嫌う体質が、MSC地区にも及ぶとすれば、実験そのものも思ったほどの成果をあげられない可能性が高い。
・料金体系も未発表
企業がMSCへの立地を検討する上で重要な要素となる通信料金については、現在までには、想定価格も含めてまったく具体的な情報が発表されていない。そろそろ出すとも言われているが、肝心の通信コストがどのぐらいの水準になるのかが見当さえつかないのでは、実際問題として、具体的な企業誘致も難しいはずだ。
この点、シンガポールONEでは、97年前半にはすでに予定料金体系を公表していた。ところが、驚くべきことにマレーシア側の関係者は、この事実をまったく認識していなかったのである。96年10月、TMのメガプロジェクトというMSC担当の責任者に会った際、シンガポールONEは「155メガはいくら、ディスカウントはいくらという体系を公表している、MSCはどうなのだ」と尋ねたところ、「シンガポールでもまだ出てないだろう」と言うのであった。筆者の持っている資料の送付を頼まれたほどである。MDCの幹部も同様だった。MSCは、初期の宣伝がうまくいきすぎて、わきが甘くなっているという点が、これらの側面からも言える。
・バックボーンの容量と技術方式―ATMで本当に正解か?
MSC地区内の通信幹線としては、ATM交換機をベースとした交換網を構築し、その上に2.5ギガから10ギガビットという速度のバックボーン回線を運用し、外部、海外とは5ギガでつなぐという基本方針が明らかにされている。
しかし、この決定には、いくつかの疑問を禁じ得ない。
まず、2005年に10ギガビットで果たして容量が足りるのかは疑問である。LAN技術の進展をみると、100メガのイーサネットはもう既に動き始めており、ギガビットのイーサネットも実用目前という現状である。
MSCにおいては、ATM交換機の導入が、基本的には決定済みとされている。しかし、これからのネットワークのインフラ、バックボーンとして求められるのは、米国の「次世代ネットワーク」プロジェクトなどに見られる、インターネット型の分散コンピューター・ネットワークをさらに高速・大容量化させることができるネットワーク・インフラの技術と管理方式であり、この点で、少なくとも既存のATM交換機体系を基礎とする枠組み、技術・投資効率の両面から最適解であるとの結論はいかにも早計である。
MSCにおける実際のトラフィックの密度、距離・時間との関係といった現実の需要形態がまったく見えない段階で、インフラの基本構造を先験的に決定・用意するという発想は、まさに器を先行させて中身を見ないという、ISDN、B-ISDNに始まり、「インテリジェント・ネットワーク」に至る発想と同種の、これまでの世界の電話会社の発想から一歩も出ていないと言わざるを得ない。
もちろん、高速大容量のインターネット・バックボーンの伝送技術としては、ATM交換機をベースとする「IPオーバーATM」方式が最適だとの見解が存在しているのも事実だ。たとえば米国のインターネットの幹線トラフィックのシェアの過半数を占めるといわれるMCI社では、ATM交換機による「IPオーバーATM」方式採用している。
しかし、そのMCI社のインターネット事業部門の最高幹部、ビント・サーフ上級副社長は、ATM技術の将来にきわめて否定的だ。同社が「IPオーバーATM」を採用した理由は、「622Mビットの回線速度に対応できるのが、[同社が保有する]シスコ社のルーターでは、ATMインタフェースだけだったから」に過ぎないと述べ、ATM技術の優越性を否定し、「ATMにはオーバーヘッドが非常に高い[効率が悪い]という欠点」があり、「ATMにどれくらい余命があるかわかりませんが、インターネットにはもはや無用の存在です」とまで言い切っている(『日経コミュニケーション』1997年9月15日号)。サーフ氏は、インターネット技術の根幹であるTCP/IPの発明者であり、インターネット協会の初代会長でもあり、「インターネットの父」とまで言われる人物である。その彼は、「いま一番興味深く見ているのは、可変長のデータ・フレームを高速処理できるギガビット・イーサネットです。・・・おそらく98年春ごろには製品が出てくるでしょう」(同)と、ATM以外の技術的可能性に大きく注目しているのだ。
関係者からは、テレコム自身の技術的な水準が低いという指摘もされている。最新技術の内容、意義を理解し、それを経営判断として解釈し直すだけの力をもった幹部が不在だというのだ。
・CAN型のネットワークも含め、オープンな実験が重要
筆者も兼任で研究員をしているハイパーネットワーク社会研究所と国際大学GLOCOMでは、コミュニティ・エリア・ネットワーク(CAN)という概念のネットワークの普及を推進してきている。これは、電話会社がよく「ラスト・ワンマイル」という、これまでの電話と同じスター型で、電話局から1家庭=1端末=1回線を個別に引いていく構造ではなく、ユーザーにとって「ファースト・ワンキロ」だと考え、家庭内にはLANが構築され、そのLAN同士を相互に接続し、コミュニティ単位で共有の回線を構築しようという考えで、利用者自身が分散・ボトムアップ型のネットワークをもつという発想のものである。
既存の都市では、電話回線はすでに敷設され、さらに電線、上下水道、ガス管、CATVなどの地上・地下構造物が複雑に交錯し、CAN型のネットワークを新たに設置することはそう容易ではない。その点MSCなら、もともと広大な更地であっただけに、こうしたCAN型のネットワークの形状を実験するには理想的なはずであった。
しかし、通信回線はTMが加入者線まで独占すると決定されたのに加えて、共同溝も、マハティール首相の強い指示にもかかわらず、電力会社と電話会社との間で費用分担の調整がつかず、結局別になるという決定が既にされているという。
ADSLやケーブルモデムなどの利用実験も含め、インターネットを意識した新型ネットワークのアクセス・サービス実験が、スバンジャヤおよびパンタイという、MSC域外のMSCに隣接する地域で行なわれる予定だった。すでに97年2月に入札公募され、9月から開始される予定だったが、結局年内までに実施方式を決定できず、年明けにあらためて募集し直しとなったようである。ここにも、方針の一貫性が見られない。
これらの問題点を、郵政大臣あるいはテレコム・マレーシアの担当幹部と会って指摘しところ、彼らは「もちろんフレキシブルに対応する」と答えた。しかし、残念ながら、現実にそうなる状況は保証されていないと言わざるをえない。
・「キラー・アプ」はインターネットだ
ここで、一番の問題は、皆が一番使うアプリケーション、いわゆる「キラー・アプ」は何かということだ。電話をかけるのか、テレビ電話をかけるのか、インターネットなのか、それもワールド・ワイド・ウェブでネット・サーフィンなのか、電子メールなのか、あるいは新しいプッシュ型のような、常時情報がどんどん流れてくる形態のサービスなのか。これが、世界的に見てまだよく見えない。あるいは、どんどん変わっていくからこそ通信は非常に難しいわけだ。
先験的にいえば、「キラー・アプ」はインターネットの他ならない。現在の現実の利用状況、技術の進化の方向性を見ると、インターネット型の分散・コネクションレス方式でのコンピューター・ネットワークこそが、次世代のディジタルネットワークの本命であることはほぼ間違いない。
問題は、そのインターネット型のなかで、さらにどのようなアプリケーションが爆発するか、が見えないということだろう。
で、それがよく見えない時に、どうしたら次世代を見られるか。そのための実験の場所こそがMSCではないのだろうか。現にマハティール首相は、「MSCというのは世界に向けたマレーシアのギフトである。我々が皆さんに贈り物をしてあげるんだ。この実社会環境で、国をあげて法律をつくり、自由な発想で自由なチャレンジをしていい。その中には間違いもたくさんあるでしょう。トライ・アンド・エラーをしてください」と言って、世界企業を呼んでこようとしている。それなのに、通信インフラの根幹部分を1社でクローズに決めてしまうというのでは、どこで実験をするのかというのが、正直な疑問だ。それも、技術的にもサービス的にも、インターネットに疎い電話会社が中心なのである。
もちろん、レオ・モギー通信大臣も、「交換機までは独占だが、その上のルーター、あるいは無線は自由に競争してもらうから大丈夫だ」と言うのだが、それでは一体、何がインフラなのか。ケーブルや交換機がインフラなのか、それをなぜ競争にできないのか。ルーターはどっちなのか。そのうちルーターと交換機の機能が一体化された場合にはどう対応するのか。従来は、交換機までは電話会社で、ルーターから先はプロバイダが競争で提供するという図式だったが、そうした区分けがいつまで通用するかは相当疑問である。
・インターネットの新しい競争が始まっている
現に、97年の後半に米国の通信市場を揺さぶった、ワールドコムによるMSC買収事件がその象徴である。これは一見、地域中心の新興電話会社が長距離電話会社を買収したように見えるが、構造的にはそうではなく、インターネットの市場展開を最大の推進力とする戦略展開だと解釈すべきである。
これは、昨96年に、まず世界初のインターネットの商用ISPであるUUNETが、大都市での商用データ通信専業会社であるMFS(メトロポリタン・ファイバー・システム)に買収され、そのMFSを、ワールドコムがUUNET込みで買収したのが実態である。しかも、それと並行して、パソコン通信のパイオニアであったコンピュサーブ社を買収し、それを、同じパソコン通信の後発会社で、コンピュサーブを追い越したAOL社に売却するという複雑な買収劇を演じている。
この影で、ワールドコムは、実はAOL社が所有していた、ANS(アドバンス・ネットワークサービス社)というネットワークをコンピュサーブと交換で入手しているのだ。ANSは、もとはインターネットの前身であるNSF(全米科学財団)ネットのバックボーン回線の運用をNSFから委託されていた、インターネットのパイオニアともいうべき企業である。
つまり、ワールドコムはMCIを買収することによって、すでに傘下におさめたUUNET、MSF、ANSという、これまでのインターネットの中核を支えてきたネットワーク・サービス3社に加えて、さらに全米最大の幹線サービスを加えたことになる。インターネットの需要が今後急増し、2003年には、電話の10倍ものトラフィックに達すると予測しての拡張戦略だ。しかもこれら一連の買収戦略は、実はインターネットの老舗、UUNETの経営者がシナリオを書いて進めてきたのだという説もある。
こうした米国でのインターネット企業の最新戦略をみると、ATMに固執することの硬直性はかなり懸念される。インターネット型の新しい競争が焦点となっていくのだ。それはMSCでも例外ではない。
・協調による競争
もう1つの問題点は、インターネットのような分散型のオープン・ネットワークでは、競争し合っている事業者同士が同時に100%協調し合わないと、電子メール1つ届かないというように、ネットワーク全体の管理機構を協調してつくる必要があるということだ。この点の理解も決定的に重要だ。シンガポールONEでも、この点の理解が不足していたことが初期の問題だったのだ。
従来のような中央集権型のネットワークであれば、中央で一社がコントロールし、担当者だけが情報を握ってコントロールできるので、管理も比較的簡単だが、インターネットでは、個々のネットワークの管理情報(経路情報)そのものを異なるネットワークあるいはユーザーのルーター同士で交換する仕組みとなっており、構造上どうしても複数主体の協調が必要となるのである。この点が、MSCでは十分考慮されていないようだ。(シンガポールONEでも当初は同様の状況だったが、実際にAMTネットワークの実験運用を開始したところ、すぐ問題点に直面し、後手にまわったものの、関係者による協調・調整を始めている)。
あるいは、インターネットで最近世界的に問題になっているトレードマークとドメインネームの関係の問題のように、技術的な点だけでなく、技術と社会制度をどのように一致させるかという、これまでの電話型、電気通信型の管理方式からははみ出してきている問題もある。これは、コンテンツ、放送との問題でもいえることだが、この辺の議論がMSCではほとんど行われていない。
通信インフラの構造にしても、少なくとも筆者の知る限りでは、インターネット型のネットワークとしてどのような構造、技術にすればよいかという検討が十分に行なわれた形跡はほとんどない。
・ボジティブな点もある
ただし、こうした点も含めてMSCの通信インフラの実験にはポジティブな面もある。少なくとも国が全力を挙げてこういう情報技術関連のプロジェクトに取り組んでいる例は、他にはなかなか例をみない。たとえば、米国でクリントン大統領とゴア副大統領がいくら「全米情報インフラ(NII)」を提唱しても、では実際にどこでそれをやっているのかと見ると、政府のプロジェクトとしての具体例はゼロに近く、すべて民間でやるということで、実態は見えにくいのだ。
新しい連邦通信法も3年かかって1996年にやっと成立したが、期待された大競争はほとんど不発で、案の定、地域電話会社の独占、あるいはケーブルテレビ会社の独占という事態はほとんど変わらなかった。そういう意味で、マレーシアぐらいの国力でありながら、これだけのエネルギーを投入できるということは、非常に期待もできるといえる。なにより、実際にネットワークの利用を開始してみれば、問題点も顕在化し、解決策も見えてくるといえる。
・インターネットの技術/サービス水準も不十分
その意味で、現在のインターネットの状況は、MSCにとっても良い試金石である。マレーシアでは、インターネットの商用プロバイダーは、研究教育用のインターネットから始めたMIMOS一社による独占状態が長い間続いていた。1996年11月、電話会社のTMがようやく政府に新規参入を認められ、複占が成立した。
ところが、私見では、複占は独占より質が悪いとすらいえる。自由な競争がまったく進展しないのだ。本来あるべき競争、すなわち相手の出方には関係なく、ユーザー本位に、自ら新しい高度のサービスの提供を心がけるという攻めの姿勢ではなく、互いに相手が手がけなければ自分もやらないという、後手にまわる後ろ向きの競争になっている。ユーザーからサービスの質の低さを批判されると、互いに「相手のサービス品質の方がもっと低い」と非難をかわしがちで、結果的にユーザーの要望は満たされないことが多いようだ。残念ながら、マレーシアのインターネット市場では現にその傾向が起きつつある。
現状でのインターネットの経営構造上の主な問題点としては、経営判断が遅れがちで需要に見合った設備投資ができず後手にまわること、インターネット分野の技術力が低いこと、プロバイダー同士および主要なユーザー間の相互接続(エクスチェンジ)がうまく成立していないこと、顧客サービスが軽視されていること、セキュリティ対策が不十分であること、などがあげられる。
具体的な現象としては、ダイヤルアップ・アクセスでは、とくに首都のクアラルンプール市内や周辺で、話中率が高くかかりにくかったり、回線品質が低く接続中に突然切断されたり、雑音によってスループットが低下するといった事態が珍しくない。
ようやくアクセスできても、プロバイダー内部のサーバーやルーターの容量がボトルネックとなって、遅延が頻繁に発生している。とくに97年7月以降は、日本との間の回線の混雑状態が実用には耐え難いほど遅いことがしばしば起きている。筆者は日本にあるメールサーバーを利用しているために、わずか40、50通のメールをダウンロードするのに1時間以上かかることも珍しくないほどであった。(これらはMIMOSによる接続サービス、JARINGで発生している問題だが、TMNetでもKL市内のダイヤルアップのアクセスポイントがほとんどつながらないとか、メールサーバーがダウンするといった障害が頻発していると伝えられている。)
また、顧客サービス面での対応も問題が多い。JARINGでは、加入を申し込んでから1カ月以上も放置され、筆者が個人的に知っている幹部を通して催促してようやく処理された。TMNetでは、申し込んでも、専用ソフトの在庫がないといって、やはり1カ月以上も連絡がなく、在庫が入荷したとの電話が一度あっただけで、以降はまったく音信がなくなってしまった。トラブルに対するユーザーサポートへの不満も非常に強い。
現時点で実用的なマルチメディア・サービスといえば、唯一インターネットだといっても過言ではない。それが、こうした実情であることは、MSCでいくら未来の夢を説いても、かえってその説得力が失われることになりかねない。
仮にシリコンバレーなどから一流企業の人材が、いますぐMSCに移動してきてインターネットを利用しようとしたら、即座に逃げ出したくなる、とさえいえるかもしれない。遠い将来のダイヤモンドを追うことも重要だが、目先の泥を落とすことも、それと同じ位重要だという認識が必要だろう。
こうした問題の背景には、急激に増加する需要に対して、TMによる専用線の設置や、あるいはプロバイダー自身の設備である。
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