世界の情報通信の新しい潮流

アジア(マレーシア、シンガポール)を中心に


1996.12.12

会津 泉

(国際大学GLOCOM/ハイパーネットワーク社会研究所)





1996年9月から11月にかけて、米国、イギリス、ドイツ、マレーシア、シンガポール、香港、マニラと、数回にわたり海外出張・調査を行なった。以下はマレーシア、シンガポールを中心とするアジアの情報通信の新しい流れについて報告・考察を試みたものである。


高まるアジア諸国の情報化意識─インターネットを中心に
アジアでは、韓国、台湾、香港、シンガポールのいわゆる「四小龍」を中心に、「技術立国」の考えが支配的で、情報通信分野についても、経済発展の原動力として積極的に取り組んでいる国/地域が多く、とくに、政府が国策として積極的に推進する国が目立つのは承知の通りである。

これまでこの流れの先頭を走ってきたのがシンガポールで、1992年に策定した「IT2000」は、米国よりも先に「NII」を提唱したもので、以来、政府機関、政府系企業、民間企業が一体となって、情報化への道を強力に推進してきたといえる。

これに対して隣国マレーシアは、マハティール首相が2020年までに先進国入りするという国家としての戦略目標「ビジョン2020」を掲げ、その実現施策の中核に情報通信産業の確立を組み込み、シンガポールに背後から追い付き、並ぼうとしている。なかでも1996年1月に首相自らが発表した「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)構想」は、21世紀社会を「知識経済(ノレッジ・エコノミー)」の時代と位置付け、「マルチメディア」をその中心的な切り口とすることで、政府による政策誘導を強力に進め、新しい産業の育成と経済の振興を通して、国全体の発展を図ろうとするものだ。

一方、中国、インドネシア、フィリピンをはじめ、インド、ベトナム、モンゴル、カンボジア、ラオス、スリランカ、バングラデシュなど、アジアの後発途上国においても、情報分野の先端技術を活用した経済発展、技術移転などの政策への関心はきわめて高い。

その現われとして、インターネットの積極利用を推進する姿勢が共通に見られる。これらの諸国では、電話など通常の通信インフラが未整備な国も多いのだが、にもかかわわらず、インターネットへの優先順位は高く、中国、インドネシア、フィリピン、インド、モンゴル、スリランカでは、学術研究利用に留まらず、すでにインターネットの商用プロバイダーが事業を開始している。ベトナム、カンボジアは、近々開始すると伝えられている。

これらの国では、政府自身が政策としてインターネットを導入・推進する姿勢が強い。人材の育成、外国からの技術・投資の導入などの普及推進に加えて、情報内容の統制や事業への規制体制なども重要な政策課題となりつつある。以下、シンガポールとマレーシアを中心に、より具体的な状況を考察してみたい。


シンガポールONE─新情報インフラ構築プロジェクト
IT2000によっていち早く情報化への道を進んだシンガポールだが、IT2000の当初計画にはインターネットのような双方向対話型のコンピューター・ネットワークの普及についての明確な認識は薄く、むしろ光ファイバーを全戸に敷設してのビデオ・オン・ディマンドやオンライン・ショッピング、あるいはCATVなどへの傾斜が顕著だった。傾向としては、市民・利用者はあくまで情報およびサービスの「受け手」であって、政府や企業がそれらを提供する主体だという図式が非常に強かった。

しかし、一昨年頃からの世界的なインターネットの爆発的成長の影響を受けて、IT2000も実質的な軌道修正が図られている。そして、その一環として96年6月に提唱されたのが、この「シンガポールONE」という、インフラ構築の新プロジェクトである。シンガポールONEの「ONE」は「One Network for Everyone」の頭文字をとったもので、「Creating an open broadband network for the Intelligent Island」と唱い、広帯域のオープン・ネットワークを民間コンソーシアムによって構築・保有・運用するという構想である。このシンガポールONEに、MSCを打ち出したマレーシアへの対抗意識が明確にみられることは否定できない。

シンガポールの経済は実質的に政府系企業がそのほとんどを支配しており、「民間コンソーシアム」といっても、その主体は国営系の企業であるシンガポール・テレコム(ST)とシンガポールCATV(SCV)である。ただし、STはすでに株が民間に放出され、通信市場も2000年までに自由化されることが決まっている。

「シンガポールONE」は、基本的には広帯域の加入者線を家庭、オフィス、学校に敷設するというインフラの構築と、その上でのアプリケーションを展開するという、二つの柱から構成されるプロジェクトだ。ただし、インフラ構築は政府主導ではなく、民間企業の協同事業体=コンソーシアムが構築・所有・運用までを共同で行なうと明確に位置付けられた。政府はとくに初期のインフラ利用の促進のために、「電子政府」などの先進アプリケーションの推進を主として担い、利用の側から立ち上げの先導役を果たすという図式である。

伝送方式としては、以前のような光ファイバーへの極度の依存志向はあまり見られなくなった。基幹回線は光ファイバー中心だが、家庭やオフィスへの加入者回線は光ファイバーに限定せず、当面は既存のツイストペアーによるADSLや光ファイバーと同軸ケーブルの組み合せによるハイブリッド方式でスタートし、将来的にはファイバー・ツー・ザ・ホーム、さらに広帯域ディジタル無線などを複合的に組み合せるとしている。ただし、交換機としてはATMが主となっているようだ。

具体的なサービスとしては、相変わらず「ビデオ・オン・ディマンド」もあるが、それと並んで、「政府機関のサービス」、「インターネット・ゲートウェイ」、「民間マルチメディアサービス」、「CATVヘッドエンド」などがある。

シンガポールONEは、具体的な展開計画を以下のように発表している。すなわち

フェーズ1 1996年−2001年

当初、300世帯をつなぐ広帯域のATMネットワークを設置し、最終的には5000世帯をつなげる。

1997年内に家庭から
・学校の教材へのアクセス
・ディジタル図書館へのアクセス
・高速のインターネット・アクセス
・商用サービス利用の提供

公共施設の端末から
・バーチャル行政サービス
を実現する。

フェーズ2 1999年−2004年

ネットワークの容量が上がり、多くのアプリケーションが提供される。大多数の家庭が広帯域ネットワークにつながり、民間の利用が主体となる」

政府による補助金や税政の優遇措置など各種の財政措置も計画されている。ただし、シンガポールのインターネットの関係者の中には、IT2000同様に、シンガポールONEも抽象的なプロジェクトに終わり、実質的な成果を上げることは難しいだろうという懐疑的な見方もある。

最近シンガポールでは、インターネットの情報統制など、規制強化の動きが目立ち、表現の自由に敏感な欧米の世論はもとより、国内の先進ユーザーからも批判の声が上がっている。「民間」主導といえども、どこまで本当の意味で競争的な環境が実現し、その中から自由な発想のサービスが育つのか、シンガポール型の情報化の真価が問われている。


具体化始まるマレーシア政府のMSC戦略
マレーシアは、21世紀の情報社会に向けた国づくりを重点政策として推進している。その先導プロジェクトが、MSCである。MSCは、首都クアラルンプール(KL)と現在建設中の新空港クアラルンプール国際空港(KLIA)を結ぶ、40km×15kmの一帯に展開される国策プロジェクトだ。

KL市内の競馬場跡地で、クアラルンプール・シティ・センター(KLCC)と名付けられた再開発プロジェクトが進行中で、97年2月、竣工時点で高さ世界一のビルとなるペトロナス・ツインタワーの完成が予定されている。これを中心に、オフィスビル、ホテル、ショッピングセンターなどから成る新都心ができる。このKLCCと、KLの南約20kmに位置し、政府省庁の移転=分都が予定されている新都市プートラジャヤ、そしてKLの南40kmに立地し、98年に4000m級滑走路2本で部分開港し、最終的には同4本を擁してアジア最大級の空港となるKLIAを結ぶ地区がMSCである。ここに、高速道路と高速鉄道の交通インフラを構築し、さらにギガビット級の高速光ファイバー回線をバックボーンとするネットワーク環境も整備して、いわば21世紀のディジタル時代にふさわしい理想的な都市環境をゼロから築くという壮大な構想である。

マレーシア政府は、このMSCの推進によって、従来のような製造業主体の「工場立地」型の産業振興策ではなく、先端技術関連の研究開発、製品企画・マーケティングなど、より高付加価値型の「頭脳立国」の推進をめざす考えである。

マレーシア政府では、このMSCを「マルチメディア特区」に指定し、「マルチメディア権利章典(Multimedia Bill of Gurantee)」を公布するとともに、さらに必要に応じて既存の法律に代わって区域内にのみ適用される「サイバーロー(Cyber Law)」を制定し、外国企業に対しても、まったく制約のない自由な企業活動を保証すると明言している。政府がマルチメディア時代に即応して、新しい法体系まで整備することを宣言したのは、世界でもマレーシアが初めてといえるだろう。

これらのインフラと法体系の整備に加え、全国民にICカードを配布し、政府による行政サービスの電子化=「電子政府」も推進される予定だ。トップダウン型で国策として先導アプリケーションを強力に展開する政策を打ち出しているのもMSCの特徴といえる。

日本では、現在、沖縄の米軍基地対策から始まった地域・産業振興策の検討が進められているが、そのなかで「情報通信特区」構想が語られ、マレーシアのMSCにも注目している。現にこの11月には太田知事自らがマレーシアを訪れ、MSCも視察をしていると伝えられている。


「特区」による二重構造
MSCは、区域内では自由開放を実現すると同時に、その他のマレーシア全土では、少なくとも実験の結果を確認するまでは、従来の法制度を維持するという、二重構造によって情報化推進を狙う戦略だ。マレーシアは、シンガポールが政府主導で厳しい規制政策を打ち出していることを十分意識して、こうした開放戦略を打ちだそうとしているのだ。米国などの企業は、シンガポールの閉鎖性には強い疑問を抱くところもあり、開放政策を打ち出したマレーシア政府に好感をもつことは自然の流れだろう。

アジアでは一般に、インターネットがアメリカに起源をもち、英語が主体であるとして、アメリカから情報と技術が無制限に侵入してくることで、欧米型の思想・価値観が一般市民の間にまで広まることへの抵抗感はきわめて強い。シンガポールはその典型だが、中国、ベトナムなどをはじめ、各地で同様の反発は広く存在している。

かつて明治維新の際、日本では新政権側が「和魂洋才」を唱えることで、西欧の先進文明を進取しつつ、伝統文化の維持を重視して開国に反対した国内勢力との融和を図ったが、MSCは、物理的な「特区」を設けることのみならず、思想面でも同様の効果を期待しているものとも考えられる。


予算案でも最重点施策に
96年10月末には、アンワール蔵相によって97年度の政府予算案が発表されたが、そのなかで、MSC関連には全予算の1.2%に相当する7億2千140万RM(300億円)が計上され、予算全体のなかでも最重点施策となることが明らかにされた。これによって、MSCの推進には大きな弾みがつくものと予想される。

同予算案では、MSC立地企業に対して以下のような優遇策がとられると発表された。

1) 10年間、最大100%の税の免減
2) マルチメディア機器の課税控除
3)「ITシティ」への企業立地に誘導効果をもつ先行企業に特別優遇策
4) 外貨の取引・融資規制に特別優遇のガイドライン
5) 研究開発関連の中小企業に、IRPA(重点研究集中)が資金を提供
6) 外国人雇用を自由化

また、MSCを推進する中核組織として、MDC(マルチメディア開発公社)が立ち上がった。MDC総裁には、元1次産業大臣の実力者のオスマン氏が就任し、「ITシティ」や「マルチメディア大学」の企画など、積極的な戦略展開の準備を始めている。同総裁はマレーシア全土の学校のネットワーク化に強い意欲を見せる一方、MIT、スタンフォード大学などにも立地を呼び掛け、人材育成を重視するとともに、企業に対しては研究所を誘致し、ハイテク企業の「頭脳」の誘致・育成を狙う方針を明らかにしている。

96年10月には、サンマイクロシステム社が、米国企業としてMSC正式参加の第一号に名乗りを上げ、JAVA関連のソフトの開発センターの構築を予定しているとの発表がなされた。IBMも、現地法人のレベルで電子政府プロジェクトなどへの参加を表明した。

97年1月には、マハティール首相自らが積極参加して、米国西海岸に代表団を送り、ロサンゼルスとシリコンバレーで、米国の企業・研究者のMSCへの参加・協力を訴えるミーティングを開催する。このミーティングには、マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長やIBMのルイス・ガースナー会長らも招待されていると伝えられており、米国のハイテク企業の主流を押さえようとの戦略が明示されている。

日本からは、NTTが構想の立案段階から積極的に関わっており、マレーシア政府からの期待も高い。NTTとしては、国際分野への本格進出のテストケースであり、かつマルチメディア・ビジネス中心の事業展開が期待できるだけに、その戦略的な重要性を十分に意識しており、人的取組みの面でも積極姿勢を見せている。マレーシア側からは、NTTに研究開発拠点の進出が期待されているようだが、本格的なビジネス機会がはたしてどの程度獲得できるのかなど、まだ不透明な部分も少なくない。

一方、マレーシア政府は、MSC関連の各種優遇策が海外企業に傾きがちだという批判にも耳を傾け、中小企業を含む国内企業に対しても積極参加も呼びかけているほか、他のアジア諸国との連携も重視している。


マレーシアの情報化と「コ・エミュレーション」
このMSCによって、マレーシアは世界の国の中でも、情報化による経済成長・産業振興にもっとも積極的な政策を展開・実施している国だとの印象を、世界に向けて発信し始めている。事実、一国の指導者として、マハティール首相の政治的安定性は群を抜いており、その首相が自ら強いリーダーシップを発揮し、具体的な地域を特定し、大型空港の建設と首都機能の移転まで含めた大規模な地域開発計画を「マルチメディア」を中軸に推進するという具体的なプロジェクトは、他にはほとんど見られないものだ。

それだけに、MSCの成否は、単にマレーシア一国の問題ではなく、先進国から途上国まで、情報化による新産業創出という、同様の方向性に期待を抱く世界の多くの国々から注目されることは必至だ。換言すれば、21世紀に向かう「情報革命」が本物であるのかどうか、その「試金石」の第一番手がマレーシアであり、人類社会全体の行方を左右するインパクトをもつ可能性があるといっても過言ではない。

しかも、ここで忘れてはならないのは、マレーシアは、イスラム教主体の社会であり、しかも「ブミプトラ」と呼ばれるマレー系国民優先政策を採用し、なおかつ中国系、インド系国民との共存を国是に構成されている社会・国家であるということだ。そうでありながら、情報産業においては欧米の先端技術を積極的に取り入れようという国策をとっていることは、どう分析・解釈すべきなのか。この点は、情報化が東西文明の「融合」ないし「コ・エミュレーション」(公文俊平『情報文明論』 NTT出版 1994)を促進するという仮説の検証、地球全体の社会システムの進化の方向性を知るという意味で、きわめて重要な論点を提起しているのではないかと思われる。

世界のイスラム社会では、イランの「ホメイニ革命」以降、ごく最近のアフガニスタンでのタリバーンによる権力奪取に見られるように、一般には「原理主義」への傾斜が強まっていると見られる。それも単にイスラム社会の内部に留まる傾向というよりも、西欧近代社会の内部にも同種の「原理主義」、あるいは「反近代主義」が発生ないし持ち込まれ、相互に影響し合うという意味で、世界史的な次元での脅威としてとらえるべきだろう。この問題をいちはやく指摘したのが、米国のベンジャミン・バーバーによる有名な論文「ジハドVsマックワールド」(Benjamin R. Barber, "Jihad Vs. McWorld", Atlantic Monthly, March 1992 )である。

しかし、同じイスラム社会であっても、すべてが原理主義に傾斜していくというのは単純過ぎる見方だろう。東アジアに位置するマレーシアは、社会的にはかなりオープンな社会とされる。たとえば、正月には見ず知らずの人々も含めて互いに隣人に自宅を開放し合う習慣がいまも続いており、マハティール首相の自宅にも市民が平気で自由に入れるという。マレーシア政府は「共生」のコンセプトを提唱し、MSCにおいても隣国との協調路線を提唱している。それだけに、同じくマレー系の民族・言語とイスラム教が中心のインドネシアでスハルト政権が弱体化している傾向を見せていることに、マレーシアはきわめて敏感に反応している。

こうした点からも、マレーシアでのMSCの実験は、異なる価値観をもつ民族同士が、新しい情報技術を活用することで、どのようにして新しい文明を共有・創造していくのかという観点から、非常に興味深い事例となるだろう。


インターネット、本格普及が始まる
シンガポールもマレーシアも、アプローチこそ異なるものの、それぞれ情報化を国策として積極的に推進しているという点では、アジア諸国の中ではもちろん、世界的にみても相当突出した存在であることは否定できない。そして、それを実質的に支えているのが、両国で共に見られる、インターネットの本格的な普及状況である。

まずシンガポールの状況を見てみよう。シンガポールのインターネット利用で特徴的なのは、すでにかなりの学校に導入済みで、その利用形態が深化しつつあるということだろう。この点で重要な役割を果たす教師たちも、他国に比べればはるかに積極的でコンピューターを操作する能力も高いようだ。また、地域単位での利用も広がりつつあり、コミュニティー・センターにも、民間企業が端末設備等を寄付してインターネットが自由に利用できる環境が整ってきた。メイドさんのワークパーミットを政府に出願するのもインターネットで可能となっており、最近行なわれた政府機関の職員の中途採用では、インターネット経由での応募者数が従来の方法のそれを上回り、インターネットの普及を物語るものとなったと伝えられている。

ユーザー数は順調に増加を続け、96年11月現在で、15万人程度と推定されている。これは人口比では5%に相当する。しかも、毎月10から15%と、依然として年間倍増以上の高い増加率が続いている。利用方法としてはビジネス利用が多いが、最近は個人/趣味などでの利用も増えてきた。一説によれば、個人でホームページを開設した人がすでに1万人に達したとも言われている。

プロバイダー事業は政府による認可制で、これまでにシンガポール・テレコムを初め、パシフィック・インターネット、サイバーウェイの3社に限定して認可されている。しかも、品質および価格面で、かなり激しい競争となっている。当面の課題は、増え続ける需要の増大にどう対応するかという、いわゆるスケーリング問題だ。

シンガポールのインターネットで、世界的に有名になったのが、ポルノ、政治・宗教関連などを中心とした、いわゆる「有害情報」への規制を義務付けたことだ。96年7月に発表されたこの政策では、SBA(Singapore Broadcast Authority)がアクセスを禁止するサイトの一覧を指定し、その遵守をプロバイダーの責任とした。また、政治・宗教関連の情報を発信するWWWサイトは、あらかじめSBAにその旨届出ることを義務付けた。ただし、禁制サイトの具体的な一覧は非公開とされている。

この政策には、国際的にも、また、国内の先進ユーザーからも、実質的には検閲の強制だとの批判が強い。しかし、シンガポール政府は「政治的対話への検閲は意図しない」などと言明しつつ、「社会的に有害な情報の規制は、インターネットといえども例外とすることはできない。実際問題として完全に規制することは不可能であることも承知しているが、だからといって努力をしないことは許されない」という主張を行なっている。9月からは、すべてのプロバイダーがこの政府の規制を受け入れ、「プロキシー」と呼ばれるフィルター機能を採用している。もちろん、マレーシアなど隣国のプロバイダーに直接国際電話でアクセスすれば、こうした規制も事実上意味はなくなる。当局も完璧な情報規制が不可能なことは承知しつつ、それでもけっして諦めないと宣言している。

この背後には、シンガポールの社会そのもののもつ倫理感覚が存在することも忘れてはならないだろう。筆者の知人は10年来BBS、パソコン通信、インターネットを利用してきているが、中国系の彼は、「もし自分がポルノ雑誌をもっていることが母に知れたら、母は自分を殺すだろう、たとえ自分が40才になっても」と述べている。つまり「政府」以前に、少なくとも中国人の壮年以上の世代にとって、ポルノは倫理的に絶対許せないものとの見方が広く存在しており、政府の厳しい措置もその反映とみることができる。是非は別として、そうした社会的背景を抜きに、単に政府が独裁的に表現の自由を圧迫していると一方的に非難するのは些か短絡といわざるをえない。

なお、シンガポールでは、プロバイダーによる国際提携の動きが盛んだ。第二位のプロバイダーのパシフィック・インターネットは日本のIIJ等との合弁会社AIH(Asia Internet Holding)に資本参加するとともに、香港の独立系プロバイダー、ホンコン・スーパーネットを買収した。これによって、東京、香港、シンガポールなどを結ぶアジア・バックボーン(A-BONE)が立ち上がった。シンガポールテレコムも海外進出には積極的で、米国とは4Mの専用線を、中国にも128k専用線を構築している。


競争が始まったマレーシアのインターネット
マレーシアでは、政府系の研究所MIMOSによるJARINGが唯一のプロバイダーとして存在してきたが、1996年11月1日に、テレコム・マレーシア系のTMネットがサービスを開始し、ようやく競争が始まった。TMネットは海外回線に力を入れ、米国とは2Mと512kの2本の回線を、日本とも128kの専用線接続を設置した。

JARINGはTMネットに対抗して価格を引き下げ、さらに11月7日にはAIHと提携して、A-BONEに参加すると発表した。MIMOSそのものも、11月1日に「民営化」された。

この他、マレーシアでは、IBMや「アジア・オンライン」などが、正規の認可を得ないで事実上のプロバイダーサービスを提供しており、今後はこれらも本格的に市場に参入してくるものとみられる。企業のインターネット利用の動きも加速しているとみられる。


PAN─アジア途上国へのインターネット普及プロジェクト
その他のアジア諸国でも、インターネットの普及は例外無く急激に進展している。東アジアの韓国、香港、台湾、中国、ASEANのタイ、インドネシア、フィリピン、さらにモンゴル、カンボジア、ベトナム、ラオス、ネパール、バングラデシュ、スリランカなど、情報通信のインフラがほとんど整備されていない後発途上国でも、政府・大学などのイニシアティブと国際NGO組織の努力によって、先進の科学技術・知識の窓口としてのインターネット接続が始まりつつある。

なかでも注目すべきプロジェクトが、カナダ政府系のPAN(PanAsia Network)である。これは、アジアの後発途上国へのインターネットの接続・普及を支援する国際協力プロジェクトで、国別にパートナー組織を選定し、ビジネスプランを策定して自立的なインターネット・プロバイダーを立ち上げようというものだ。1994年にアジア10カ国を対象に事前の訪問調査が行なわれ、その結果、1995年に正式プロジェクトが開始され、現在は年間約4億円の予算で国別にプロジェクトが実施されている。

今年すでにモンゴルでプロバイダーを立ち上げ、カンボジアでも間もなくプロバイダー事業が開始される運びだ。PANはさらにべトナム、ラオスなどとの協力プロジェクトも進め、政府職員への技術訓練などを提供している他、ネパール、スリランカ、ブルネイ、パプア・ニューギニアなどからも協力要請が来ている。

これらの途上国支援の動きに対して、日本からはWIDEによる研究プロジェクトのAIIIという衛星によるインターネット接続実験以外には、いまのところほとんど協力の動きがない。企業としては市場の発展が実現してから進出する方がリスクが少ないのは事実だが、その時点で相手国に受け入れられるのかどうかは疑問だ。政府のODAは相手国側からの依頼がなければプロジェクトとしては成立せず、インターネットのような急激に発展する分野には構造的に対応できないといえる。

日本の産業界では、最近数年のアジアの経済成長に着目して、アジア進出を唱えることが流行になっているが、今後成長が期待される情報分野、とくにディジタル・ネットワークの技術とサービスの分野で受け入れられている企業がどの程度あるかと考えると、かなり疑問である。たしかに、後発途上国のような、まだ市場として成立していない分野を開拓することはリスクが大きく、積極的に乗り出せないという状況も理解できなくはないが、PANのような非営利協力事業であっても、情報分野での積極的な援助活動を推進することは、結果としてビジネスにもつながることは明らかだ。こうした中・長距離的な観点から、日本の産業界や政府でも、非営利分野と歩調を合わせる、新しい国際協力の仕組みを積極的に模索する必要があるのではないだろうか。相手側の利益を十分に考えた上での国際活動の必要性と、そういう思考と行動を苦手とする日本の戦略的な弱点については、湾岸戦争のときに思い知らされたのではなかったのだろうか。




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