日本経済新聞

交遊抄


1996.10.15

会津 泉

(会津泉・ハイパーネットワーク社会研究所/国際大学GLOCOM)





実は「代役」だった。一九九〇年、第一回「ハイパーネットワーク会議」の講演者の本命が駄目になったのは一カ月前。急遽見つけたのが彼だったが、「未来のネットワーク社会を探る」というテーマに適任なのか、不安がよぎる。

海外ゲストとは最低でも一晩じっくり話すのが、講演成功のポイント。着いたばかりの彼を拙宅に泊める。ネットワークに出会うまでの遍歴を語るうちに、不思議な共通感覚が生まれた。六〇年代末、彼は米国西海岸の大学、私は日本の高校と場所は異なるが、「体制」への反抗を試みていた。

八〇年代に共にパソコン通信に触れ、「人と人のコミュニケーション」という、ネットワーク最大の価値を発見。彼は西海岸のWELL、私は大分のコアラと、いずれも草の根の市民が育てた地域ネットで。

彼、ハワード・ラインゴールドは、その後『バーチャル・リアリティ』、『バーチャル・コミュニティ』と、ベストセラーを続けて出して有名になり、私はその取材や翻訳を手伝った。米国へ行くと彼の家に泊まり、やがて夫妻と一人娘のメイミーが我が家を訪れ、家族同士の付き合いになった。私の海外の貴重な人脈は、彼に大きく負う。

九四年、彼はオンライン雑誌「ホットワイヤード」を創刊したが、オーナーと衝突、即辞任。この八月、インターネットでの新しい出版、「エレクトリック・マインド(www.minds.com)」を始めた。私も負けずに、アジアのネットワークの新しい世界を探求し始めるつもりだ。




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