アジアのなかでの日本


1998.4.27


会津 泉

九経調査月報 所収



マレーシアで仕事を始めて一年が経った。マレーシアは、政府が先頭に立って21世紀に向う国造りを進め、その中核にマルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)構想があるのは承知の通りだ。

昨年5月、広大なプランテーションの一角を切り拓いて、MSCの中核都市「サイバージャヤ」の起工式が行なわれた。このとき目だったのは、NTTをはじめとする日本の大手企業のトップたちだった。北端に世界一の高層ビル、南端にアジア最大の空港が控え、未来都市への投資には最高の環境に見えた。

7月、タイに始まり、アジアの通貨、株価が軒並み暴落を始めた。12月から1月にかけて底値がついた。その間、煙霧(ヘイズ)がマレーシアを襲った。対岸のインドネシアでは、スマトラで飛行機が墜落し、スハルト退陣を要求するデモが続いた。マレーシアでも、ノンバンクが危機に瀕し、銀行の合併が進んでいる。「奇跡の成長」は過去のものとなり、自動車は膨大な在庫が積み上がり、名物の交通渋滞は相当解消されてきた。

その東南アジア各地に日本企業の製造拠点が広がっている。欧米への輸出が中心の企業は、コストが大幅に下がり、大増産に忙しい。自国内、アジア域内を市場とする産業は、冷え切った景気に苦しんでいる。

マレーシアでも有数の日系企業の幹部を訪ねたら、開口一番「マルチメディアより水をどうにかしてほしい」と言われた。旱魃の影響で4月初めから給水制限が続いているのだ。「水道や道路などのインフラ整備が不十分、労働者の意欲も低い、こんな効率の悪い所でなにがマルチメディアだ」というホンネを聞かされた。「このマレーシア、どう思います? 私は好きになれないんですが」とも言われた。

現象だけをとらえれば、そうボヤく気持ちをわからなくはない。しかし、ちょっと待っていただきたい。進出して30年が過ぎたその企業は、何十という工場を作り、現地社員を数万人も雇用している。安価な土地と労働力を最大限に活用し、工場誘致の優遇策を受け、安定した労使関係のおかげで大きな利益を上げられたからこそ、そこまで投資してきたのだろう。でなければ、日本で生産を続けるか、他の国を拠点にしていればよかったのだろう。東京・大阪の大企業が地域経済を見る視線と似たものを感じてしまった。

今年になって、MSCに大規模な投資をする欧米企業の発表が続く一方、日本企業の影は薄まってきた。本国の不況が主因で、対外投資どころではないというし、マレーシア側の問題点も指摘されている。しかし、苦しいときこそ、将来を見据え、戦略を練り、大胆に実行に移すことが重要になるに違いない。日本はアジアのなかでどう生きていくか、と。そこで、本質が問われるのだろう。状況に同調するだけのご都合主義と、本当の意味での合理的な戦略判断との差が出るだろう。

日本の産業界の次世代の指導者たちに、21世紀への道程を描ける知的な構想力がはたしてあるのだろうか。水やインフラより、本当に心配なのはその不足の方である。



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