アジアを廻って『日経ネットビジネス』連載 アジアネットワーク便り(2000年1月号) (アジアネットワーク研究所/クアラルンプール)
台湾は前回も書いたように大地震の直後で、台北市内の被害はあまりなかったが、中部はひどかった。半導体とパソコン関連機器の生産の中心地、新竹市のサイエンスパークをまわったが、停電でまったく操業できず、閑散としていたのが印象的だった。その後もインターネットは地震の被災者支援、復興に利用されている。韓国では80年代には日本同様「パソコン通信」が盛んで、その先駆者であるユー・キョンヒーさんと久しぶりに会えた。すでに現役を引退している彼は、「集賢殿」(賢人会といった意味)をつくり、熟年世代にインターネットを活用した新しい仕事の場を提供するボランティア活動に精を出している。英語や日本語の翻訳の仕事を受注して、オンラインでSOHOに分配するというのだ。 ところで、いま韓国のインターネットの世界で圧倒的に流行しているのが、サイバーカフェだ。なんとこの一年間に全国で1万軒も増えたという。主たる目的は、前に紹介したマレーシアのサイバーカフェと同様に、中学生くらいの子供たちがみんなで集まってアメリカ製のオンラインゲームを楽しむゲーセンのようなものだ。それにしても、1万軒はすごい。人口が約4500万人だから、5千人に1軒以上の計算だ。しかも、その大半は専用線を引いている。レスポンスが勝負だから、1.5メガや512Kといった高速回線を売り物にしているところが多く、韓国のインターネットの回線容量の増加に大きく拍車をかけている。 バンコクでは、副首相がセミナーの開会挨拶を行った。国立の研究所の主催だったからだが、インターネットの国際的な発展に対して、アジアの政府はどこも強い関心を抱いていることがわかる。ソウルでも、われわれのセミナーの前日、地元の主催者KRNIC(韓国のドメインネーム管理組織)の披露パーティーが開かれ、その祝辞も情報通信大臣が自ら行った。両国とも、一昨年の通貨危機の直撃を受け、IMF融資を受けて経済再建に取り組んでいる真っ最中で、インターネットを中心とする新しい産業がもつ成長力への期待は高い。 北京でもバンコクでもソウルでも、アジアからもこうしたインターネットの管理問題に直接参加、発言することの重要性を訴えてきた。同時に、APIA、APTLDをはじめ、アジアのインターネットの普及組織APNG、IPアドレスの管理組織APNICなど、「AP*(スター)」と呼ばれる、「AP」で始まる組織の相互協力を積極的に進めている。これらの組織が集まって毎年開かれる「APRICOT」という技術教育中心の会議が、今年は2月末からソウルで開かれることになった。アジアのインターネットの「お祭り」でもある。 Y2Kについては、日本インターネット協会でタスクフォースを作り、年越しの監視チームを設置する。そこまでの体制は、世界でも日本ぐらいである。アジア諸国との連絡体制もつくる予定だ。この原稿が読まれる頃には結果が出ているはずで、うまく乗り切れていればよいのだが。。。
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