マレーシアの夢は続く



『日経ネットビジネス』連載 アジアネットワーク便り(99年9月号)



会津 泉

(アジアネットワーク研究所/クアラルンプール)



 見渡す限りの椰子畑のなか、マハティール首相がボタンを押してドリルを入れたのはつい昨日のような気がする。マレーシアが21世紀に先進国の仲間入りを目標に取り組む国策プロジェクト、マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)が着工されたのはアジア経済危機の直前、私がクアラルンプールに事務所を開いた直後の97年5月だった。
 あれから2年、MSCの中核都市サイバージャヤが7月に正式オープンし、海外からハイテク業界のトップをゲストに招いてセレモニーが行われた。主なメンバーはブリティッシュ・テレコムのボーンフィールド社長、HPのルイス・プラット会長、エイサーのスタン・シー会長などで、日本からは富士通の関沢会長、NECの関本前会長が参加。マハティール首相は世界一流のハイテク企業の経営者からの提言に熱心に耳を傾けた。

 厳しい不況のなか、政府がMSCにかける意欲は非常に強く、その優先順位は他を押しのけて断然トップだ。広大な土地は赤土の地肌が切り開かれ、隣接する行政都市プートラジャヤは一足早くオープン、首相の執務する官邸が巨大な宮殿のように聳え、威容を誇っている。予算不足で正規の道路や鉄道の着工は延期されたが、それでもインフラ建設のペースはきわめて速く、一年前に現地を訪れた海外ゲストからは「経済危機のなかで、ここまで建設が進んだのには驚いた」と賛辞が続いた。ホストを喜ばせ、自分たちのビジネスに好都合に運ぼうという下心もあるだろうが、半分は本心だと思われた。
 マハティール首相とマレーシア政府にとって、一連の行事は、通過危機に直撃され、その処理方法をめぐって起きた、当時のナンバー・ツー、アンワル副首相の解任、裁判という危機を乗り越え、政治的に十分安定していることを国内・海外双方に誇示する重要な機会だった。海外企業トップとの懇談でも記者会見でも、おおきな混乱もなくプロジェクトを進めてきたマハティール首相の口調は余裕たっぷりだった。
 しかし、実際に現地に立地したのはマルチメディア大学(MMU)と当初からMSCのプラニングにかかわってきたNTTの研究センターだけで、後は政府側からの再三の要請にもかかわらず、まだ本格的に事務所を構えたところはない。無理もない。首都クアラルンプールに隣接するとはいえ、かつての筑波の研究学園都市と同様、建物の周囲はほとんどが原野か建設現場で、食事や買い物をはじめ、学校、病院など、日常生活を支える環境は未整備だ。無理をすれば住めなくはないが、職員の大半は便利なKL市内から片道1時間以上かけて通っている。
 最大の懸念は通信ネットワークだ。実は当初予定されていた毎秒2.4ギガから10ギガビットという速度の幹線はまだ立ち上がっていない。MSCの通信インフラは、旧国営電話会社のテレコム・マレーシアが独占供給すると決められているが、これに安住してか、テレコム・マレーシアはネットワークの供給を一年遅らせることにした。その背景には、ATM交換機を中心に設計・構築したネットワークが、最近のインターネットを中心としたIP型のネットワークにうまく合わないという技術的な課題も横たわっている。様々な計画の遅れもあまり発表されない。
 NTTの立場も微妙だ。最新の通信ネットワークこそ企業誘致の「目玉」だ。それがないことも含め、日本企業の進出の足取りは鈍い。他にも問題は山積しているが、マスタープラン段階から関わってきただけに、中途半端にはかかわれない。NTTMSCセンターの開所式には、持株会社の宮津社長とNTTコミュニケーションズの鈴木社長が並んでマハティール首相を迎えたが、商売抜きで国際協力もできない。

 一連の行事の模様は、わがANRのホームページにも掲載した。マルチメディア大学の学生たちの表情は、日本の学生たちには見られない晴れ晴れとしたもので、とても新鮮だった。彼らたちこそ、マレーシアの夢の担い手だ。


■今月のおすすめウェブ

マルチメディア開発公社(MDC) http://www.mmu.edu.my

NTT MSC http://www.nttmsc.com.my

Xtremedia (MSC関連のニュースサイト) http://xtremedia.com

アジアネットワーク研究所(ANR) http://www.anr.org





[ アウトプット ] [ ホーム ] [ 電子メール] [ 研究会 ] [ ANR リンク集 ]
Copyright(C) 1999 アジアネットワーク研究所