インターネットの2000年問題

真剣な対策、協調行動が必要



(日本インターネット協会会報掲載予定原稿)

会津 泉  Email:izumi@anr.org

アジア太平洋インターネット協会 事務局長
アジアネットワーク研究所代表
1999年4月17日



・灯台下暗し−軽視されてきたインターネット

 西暦2000年に日付が変わることを、コンピューターのプログラムが正しく認識できないことから生じる、いわゆる2000年問題(英語では「Y2K」と総称される)が懸念されている。当初は大型コンピューターを中心とする事務処理系のプログラムの問題と思われていたが、そう単純ではなく、パソコン、ワークステーションから、主に 制御に利用されている無数のマイコンチップまで、膨大な機器・システムが2000年問題に何らかの形でかかわる可能性が高い。
 2000年問題は、電力から、金融、飛行機、鉄道などの交通システム、水道、燃料、 食料、エレベーターやビル管理まで、主要な社会的インフラ全体が対象となり、これ らが部分的にでも機能不全に陥れば、インターネットの運用にも大きな影響が出るこ とはいうまでもない。
 しかし、問題はわがインターネット自身だ。電力、金融、交通などの主要インフラ 分野に対しては政府も業界も点検・対策を推進してきたが、ことインターネットにつ いては、一応通信分野の中に含まれてはいるが、明らかに遅れをとっている。世界的 にも、インターネットの関係者は2000年問題を軽視する傾向が強く、率直に言って認 識不十分だったと反省せざるをえない。現在2000年問題の情報公開の手段として、イ ンターネットがもっとも積極的に利用されているのに、そのインターネット自体の対 策が不十分だというのは、「灯台下暗し」もいいところだ。


・問題は発生しない?

 ところが、インターネットに限って2000年問題は起きないと主張するエンジニアが少なくない。曰く「UNIXは2038年までは大丈夫だ」、「インターネットのプロトコルに問題はない」、「インターネットは歴史が浅く、大半の機器は最新のものだから大丈夫だ」などと主張する。しかし、インターネットは、いまや全世界で何千万台もがリアルタイムで相互接続されているきわめて複雑な構造をもつネットワークのネットワークだ。充分なテスト・確認もせずに「大丈夫」と断定するのは自殺行為に等しい。
 事実、テキサスでは、「対応済み」とされたサーバーを、実際に日付を変えてテス トしたところ不具合が生じ、結果的にハードも含むシステム全体の入れ替えを余儀な くされたという。フロリダでも課金システムのシステムクラッシュが起き、オペレー ションに支障があると判明した。大手プロバイダーは、2000年対応にするために相当 の資金と労力を割いて作業を続けている。
 全米で6000社以上、日本に3300社あるプロバイダーの大半は中小企業だ。研究教育ネットワークなどの非営利組織、さらに経済水準が低い途上国などのネットワークまで考えると、ことは容易ではない。事実、大手プロバイダーからは「自社のシステムは万全を期しているが、インターネットにつながっている数多くの小規模事業者がネット全体の運用を妨げるトラブルを引き起こす可能性が高い」との懸念の声が聞こえてくる。


・始まったインターネットY2Kキャンペーン

 ようやく昨年12月、米国のCIX(Commercial Internet exChange)などの業界団体が呼びかけ、「インターネットY2Kキャンペーン(www.nety2k.org)」が始まった。筆者が事務局長を勤めるAPIA(アジア太平洋インターネット協会)も加わっている。このキャンペーンの一環として、今年2月、米国ワシントンDCで、インターネットのY2K問題をテーマとする非公式会議が開催された。
 米国政府からホワイトハウスのY2K協議会、商務省、FCC(連邦通信委員会)、日本 の郵政省から参加があり、大手プロバイダー、通信事業者、メーカー、学識経験者な どが議論を行った。
 この結果、全世界に13あるDNSのルートサーバーの点検が早急に必要なことが指摘され、早速確認することになった。また、IETFのY2Kワーキンググループのフィル・ネッサー氏が、2年がかりで行ったインターネットの全プロトコルの点検結果を報告した。それによると、HTTPの1.1とHTML2.0でスローダウンが起きる可能性や、メールの89年以前のバージョン、NNTP(RFC977)などで些細な問題が発見されたが、いずれも対策は可能で、他のほとんどのプロトコルは問題なかったという(http://www.ietf.org/internet-drafts/draft-ietf-2000-issue-06.txt)。
 ただし、彼はこれはあくまで仕様レベルでの点検で、メーカーによるインプリメン テーションやオペレーターによるインフラ運用が正しく行われることの保証ではない と強調した。


・対策・テストが重要

 たしかに、最新システムの多くは最初から日付を4桁処理にしてあるなど、2000年バグに見舞われる確率が低いことは事実だ。それでも、サーバー用のOSには、メーカーにもよるがバグを除去するパッチ当てが必要なものが少なくない。ルーターも、旧型機種はOSのアップグレードが必要だ。他にもネットワークを構成する機器・システムは、スイッチ、ハブ、コンセントレーター、集合モデム、電源管理など無数にある。ソフトも、パスワード認証、メール管理、WWWサーバー、課金システムなどなど多数ある。
 これらすべてのリストを作成し、メーカー情報を確認し、不具合が予測されるものには所定の対策を実施し、日付を2000年1月1日などに設定してシミュレーション・テストを実施し、動作確認する必要がある。とくにテストは重要だ。実際の運用状況に等しい環境で、異機種同士の相互接続実験を行うことが求められる。こうしたテスト=確認を怠ったままで、「問題はない」ということは許されない。プロバイダーに限らず、社内システムでも同様だ。


・DNSルートサーバーの点検

 インターネット特有の構造に伴い、まずDNSなどのネームサーバー・システムやエクスチェンジ・ポイントの点検は欠かせない。ワシントンでの会議を受けて、グローバルに13カ所に散在するDNSのルートサーバーについては、3月にシンガポールで開かれたICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)会議の席上、「ルートサーバー諮問委員会」の村井純委員長が、「これから点検・テストを行い、結果を発表する」と報告した。各国のネームサーバーも、同様に点検・テストし、その結果を公表する必要がある。エクスチェンジについても対策が必要だ。国内のNSPIXP2もテストを実施し、対策を確認する方針で、他の商用エクスチェンジも同様にテストが予定されているという。


・各国政府の動きは鈍い

 インターネットについての各国政府の動きは鈍い。郵政省や通産省もインターネット独自の対応策は進めていない。郵政省は「通信事業者」に一括してアンケートを送付したが、プロバイダーからの回答率は他の事業者より低いという。規模の大きい上位100社については電話で接触して対策の推進・確認を行ったというが、残る3200社については手つかずだ。米国政府は「インターネットは規制しない」という政策に固執するあまり、2000年問題もインターネットに限ってはほとんど放置してきた。


・アジア各国への対策支援活動を

 一番懸念されているのは、中小事業者や発展途上国など、相対的に弱い部分だ。アジアのプロバイダーは経済危機で打撃を受け、2000年問題に充分な資源を割く余裕がない。必要なハードやOSのアップグレードに際しては、一部有償だということも問題だ。先進国なら当然と思われる価格が、途上国はなかなか負担できない。米国でもユーザーからメーカーに苦情のメールが殺到し、無償に変更された例もあるようだ。
 APIAはこのY2K問題に真剣に取り組んできた。2月のワシントン会議に続き、3月初旬には、APRICOT会議(シンガポール)と直後のAPEC電気通信会議(宮崎)に積極参加し、インターネットY2K問題のBoF(臨時会合)を開き、問題の重要性を訴えた。シンガポールでは、欧米のインターネット・コミュニティの中心的なエンジニアも多く参加していたのだが、Y2K問題については「全然心配はない。マスコミが騒ぎ過ぎだ」とまったく相手にしない人たちと、「実はかなり心配だ。重要な問題だから協力したい」という人たちとに反応がきれいに分かれたのだった。
 APIAはゲストスピーカーとして、インターネットY2Kキャンペーンの立役者の一人、米国FCCのロバート・キャノン氏を招いたのだが、彼はスピーチで「事実をあげずに、ただ『何も問題ない。信頼してほしい』としか言わないのは、信頼できない証拠だ。『われわれはこことここをテストした。その結果、この点で問題点を発見したが、対策もうった。だから信頼してほしい』というのでなければならない」と、テストすることと、事実を上げ、正確に情報開示することの重要性を強調したのだった。  たとえ、技術的には問題が起きる確率がきわめて少ないとしても、テストして確認することは必須だし、その結果をきちんと情報開示することが、インターネットが重要な社会インフラとして認知されるためには決定的に重要だと思う。残念ながら、一部のエンジニアの人々に、そうした社会的責任についての自覚に欠ける言動をする傾向があると思うのは私の偏見だろうか。
 同様に、各国政府も、インターネットのY2K問題についての認識はきわめて低く、「言われて初めて気がついた。これは問題だ」という反応が典型的だった。それでも、宮崎のAPEC会議などで走り回った結果、小渕首相が提唱して4月にシンガポールで開催される予定の「APEC Y2K Week 」特別シンポジウムで、この問題についての発表が可能となった。
 APIAでは、6月から、アジア各国を巡回し、各国政府に問題の重要性を訴え、NICやプロバイダーを対象に技術的な対策を指導する「ロードショー」の実施を企画している。日本からも、資金と人的資源の両面から、この企画に協力いただけることをおおいに期待したい。香港やバンコクなどのインターネット関係者からは、ぜひ来てほしいという声が届いている。
 いや、ベトナム、カンボジア、中国、ネパールなどなど、アジアでも途上国では、インターネットもようやく利用され始めたばかりで、技術支援が必要な国はまだまだ数多い。それこそ相手を選ばず、グローバルに接続されることが、インターネットのもっとも大きな特長だとするならば、Y2K問題は、その特長を維持発展させる上で、たいへん大きな試金石となるだろう。


・多数の協調行動が必要

 自己責任原則に基づいて自らが運用するシステムに充分な対策を実施するのが基本だ。しかし、関係者の協調は不可欠だ。村井純氏も、無数のネットワーク同士が自立分散協調ネットワークという固有の構造をもって相互接続されているインターネットだけに、2000年問題でも多数の人が協調して行動する必要があると認めている。  時間は決定的に不足している。インターネットはいまや重要な社会インフラの一部だ。関係者の自覚と責任のある協調行動を呼びかけたい。



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